最新情報

10代の君たちへ 『自分を育てるのは自分』 東井義雄 (1)

22.12.08

本書のサブタイトル
”10代の君たちへ”
と帯書きの
「自分が自分の主人公。
自分を育てていく責任者」

という言葉に惹かれ、5人の孫達に読ませたいという想いで
購入させていただきました。

著者が30年も前に亡くなられた方ですから、時代背景が
現在とは異なる部分が多いため、孫に伝わるかどうか
懸念もありましたが、読み始めましたらお話に圧倒され
感動で胸が一杯となり、涙なしで読むことが出来ませんでした。

章題の「私を私に育てる責任者は私」「バカにはなるまい 」の中から
”孫を含め若い人たちの心に響いてくれたら”という私の願いと共に、
終活を迎えた私の心に熱い想いを甦らせてくれたお話をご紹介させて
いただきます。

1.五千通りの可能性の中から

皆さん、東昇先生という先生のお名前、聞いたことありませんか。京都大学の名誉教授で、
1ミリの100万分の1、こんな小さな世界を研究していらっしゃる先生です。日本ではじめて
電子顕微鏡をおつくりになった先生です。
この東先生がね、猫は生まれてすぐ人が育てても猫に育つ。犬は生まれてすぐ人が育てても犬に育つ、
ところが、人間は人間の子に生まれたからといって、人間に育つとは決まっていない。
今日の学者の定説では、約5000通りの可能性を持って生まれてくるとおっしゃっているんです。
東先生のそのお言葉を読ませていただきながら、思い出しましたのは、今から50年あまり前、
インドの山奥で、狼の住んでいるほら穴から、二人の人間の女の子が発見されました。
狼が赤ん坊をさらっていって、穴の中で育てていたんです。
小さな赤ん坊を育てて、ずいぶん長い間育てられたんでしょう。推定八つばかりになっていたんですが、
人間の世界に連れ戻されて、一生懸命人間に育てる教育をやったんですが、とうとう二人とも、
人間に戻りきることができないで亡くなってしまいました。真暗闇の中でも、目がらんらんと光って、
何でも見える。何十メートル先にある餌が、鼻でわかる。
餌があるぞということがわかりますと、八つばかりになっていたその女の子も、二本の足で立つことも
できないものですから、四つ足で、ものすごい勢いで飛んでいって、手を使うことができません。
貪り喰う。夜中の一定の時刻になると、遠吠えをやる。人間に生まれても、狼が狼の暮らしの中で育てると
人間の子も狼になる可能性さえ持っているんですね。
しかし、皆さんが今狼になってやろうと思っても、ちょっと無理でしょう。遅いでしょうね。
狼になるためにはもう少し早くから狼になるような、狼の暮らしの中で育つ必要があるわけでしょう。
しかし皆さん、今も獣には簡単になれますよ。どういう獣になれるか。「なまけもの」という獣には
今すぐにでもなれる。しかし、もう狼にはなれんでしょう。しかし死刑囚にはなれるんですよ。
五千通りの可能性の中には、死刑囚になる可能性を皆さんたちはちゃんと持っている。
私も持っているんです。誰もがその可能性を持っているんです。



2.私も世界でただひとりの私

その五千通りの可能性の中からね、どんな自分を取り出していくか。皆さん一人ひとりが
その責任者なんですよ。皆さんこんなたくさんいるように見えますけどね。自分は一人しかいない。
大阪のNHKから招かれて出向きました。国鉄大阪駅の地下を歩いてますとね、たくさんの人が、
ぎっしり歩いている。その時に感じたんですが、同じ人は一人もいないんですね。皆さん一人ひとり
違うんですね。こんなにたくさん人がいるのに、同じ人が一人もいない。
その時はっと気付いてみたら、私も世界でただ一人の私なのだということでした。その世界でただ一人の私を、
どんな私に仕上げていくか。その責任者が私であり、皆さん一人ひとりなんです。

世界でただ一人の私を、
どんな私に仕上げていくか。
その責任者が私であり、
皆さん一人ひとりなんです。



3.おかげさまでという生き方

皆さんの中に、こんな辛いこと、我慢できない、死んでしまおうと思ったことはありませんか。
こないだ、私の近くの中学生が自殺をしたんですが、どうか皆さん、そんなことは考えないでくださいね。
死ぬほど辛いことにあっても、胸に手を当てた時、ドキドキがドキドキしていたら、
「しっかり生きてくれよ」という仏様の願いが働いてくださっているんだと考え直してくださいね。
去年の夏休み、私の知っている校長先生がやってこられました。何か心配そうな顔をしていらっしゃる。
どういうことかなと思っておりましたら、そこのお嬢さんがね、大学に行っているんだそうですが、
赤ん坊の頃から肌にアザがあって、どの病院に連れて行っても治らん、どの医者にかかっても
治らん。だんだん性格が暗くなり、家でものを言わなくなってしまった。お母さんが心配して、
こっそり日記を読んで見られたのです。すると、
「お父さん、お母さんは、なぜ私を生んだのか。私を苦しめるために生んだのか」
そんなことが毎日日記に書いてある。びっくりして、どうしたらいいでしょうかとやってこられたんです。
私はね、この本の話をいたしました。これは、薄っぺらい本ですがね。山口県の木村ひろ子さんという女の方が、
左足でお書きになった本です。左手ではないのです。左足です。私の書いた本はみんなね、私が手で書いた本ですが、
これは、木村さんが、左足でお書きになった。木村さんは生まれて間もなく、脳性マヒという病気にかかられ、
両手両足が動かんようになってしまった。ものをいえんようになった。左の足がすこし動くんだそうです。
その上、三つになった時、お父さんが死んでいかれました。十三になった時、お母さんが死んでいかれました。
両手両足が動かない。お父さん、お母さんもいない。
想像できますか。何が一番辛いでしょう。女の方想像できますか。同じね、脳性まひの十七歳のきみちゃんという
お嬢さんがこんな日記を書いています。

ひとつの願い
お便所に一人でいけるようになりたいのです
それが私の願いです
たった一つの願いです
神様、神様がいらっしゃるなら
私の願いを聞いて下さい
あるけないこと
口がきけないこともがまんします。
たった一つ お便所に
一人で
一人で行けるようになりたいのです
お願いします


真剣な願いでしょうね。誰か親切な人が連れて行ったとしても、手が動かんのですから、
自分で後始末ができません。辛かったでしょうね。木村さんも、
「手洗いに、人のお世話にならずに行けるようになるまでは、飲まないぞ、
食べないぞと頑張ってきました」とお書きになっている。
お友達が小学校に行くようになると、私も学校へ行って賢こうなりたいな、手や足が動かんでも
賢こうなりたいなと、どんなに願ってみても、手や足が動かんもんが、学校へ行けません。
その時、お母さんを先生に、わずかに動く左足に鉛筆をはさんで字を習った、その字が、ここに
書いてあるんです。お友達が中学校へ行くようになると、私も中学校に行って、賢こうなりたいな。
どんなに願ってみても、学校には行けません。考えれば考えるほど、自分がみじめになってきます。
だから決心しました。「二度の再び学校にいけないことを悔やまんぞ」と心に決めて、

不就学 なげかず左足に 辞書めくり 漢字暗記す 雨の一日を

こんな歌が書いてあります。わずかに動く左足で字引をめくって覚えた漢字がここに書いてあるんです。

左足に 米とぎかしぎ 墨をすり 絵をかきて生く ひとすじの道

左足でお米洗って、左足でご飯炊いて、左足に墨をはさんで墨をすり、左足に筆をはさんで絵を画いて、
その絵を売って生きていらっしゃるんです。しかも、これだけなら、自分のために生きとるにすぎない
じゃないか。自分のために生きとるというのなら、毛虫だって自分のために一生懸命生きとるやないか。
せっかく人間に生まれさせていただきながら、毛虫と一緒では申し訳ないじゃないかというので、
この左足でお画きになった絵の収入の中から、毎月、体の不自由な皆さんのために出していらっしゃるんです。



そして、
「わたしのような女は、脳性マヒにかからなかったら、生きるということの
ただごとでない尊さを知らずにすごしたであろうに、脳性マヒにかかった
おかげさまで、生きるということが、どんなにすばらしいことかを、
知らしていただきました」
脳性マヒにかかったおかげさまで。
生きるということはそういうことなんですね。どうか皆さんも、体のどっかに
不自由なところがあっても、このために死んでやろうなんて考えないで、
胸に手を当てた時、ドキドキしていたら仏様が、
「辛かろうけど、しっかり生きろ」
とおっしゃっているんだと考え直して、そして、このおかげさまでと
いうような受け止め方で、生きる生き方を求めていただきたいですね。