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『そもそも民主主義って何ですか』宇野重規 著 より

22.07.28

「戦後生まれの私は、日本は民主主義国家だと学校で教えられ、
深く考えることもありませんでした。成人してからは
1971年のドルショック、1973年の第4次中東戦争から
1979年のイラン革命に端を発したオイルショック、
2008年9月のアメリカの有力投資銀行リーマンブラザーズの破綻を
契機として、世界的な金融不安が発生したリーマンショックなど、
大きな政治的・経済的な出来事が発生した時でも、日本の民主主義を
疑うことはありませんでした。
しかし、2019年12月に中国の武漢から始まった世界的なコロナパンデミックに
対する日本政府の対応と一部の専門家と医師の発言と共に、それらを
報道するメディアの偏った姿勢は公正ではないと感じ始めました。
その想いは意味の無いPCR検査の拡大のみならず、あくまで治験であり、
自主的な判断で決めるべきコロナワクチンの接種を社会的圧力により
子供達にまで広げようとする政府と、それを煽るようなメディアの対応は、
とても民主主義国家とは思えず、このままでは日本は何処に行ってしまうのかと
不安でなりませんでした。
そのような想いの中で本書と出合い、あらためて民主主義を考えると共に
令和臨調の発足を知り、日本の将来に微かな光が見えてきました。
皆様と一緒に日本の将来の為に「民主主義」について真剣に考えていきたいと
思っております。」




民主主義について前書を書いた後、多くメッセージを頂きました。そのなかに「民主主義は素晴らしい、でも難しい」
というものがありました。くださったのは、日本語を読むことができる海外の方です。その方は、自分の祖国のことを
念頭に置かれていたのでしょう。
「民主主義はとても素晴らしいものです。贅沢なものであり、その国を取り巻く外部条件や、経済状態が変化すると、
たちまち機能しなくなることがあります。また、ポピュリスト政治家によっても、民主主義はあっという間におかしく
なります。一人ひとりの国民が自立して、なおかつ恵まれた環境があって、はじめて民主主義はうまくいきます。
やはり民主主義はとても難しいものだと思います」とのことでした。
「民主主義は贅沢」という言葉に、頭をガツンと打たれた気がしました。

というのも、民主主義というと、この数年、ややもすれば否定的なことばかりが語られてきたからです。
「民主主義は決定に時間がかかり、パンデミックのような危機の時期にはふさわしくない」「民主主義がつねに正しい
わけではない。民主主義はしばしば過ちを犯す」「民主主義はもはや時代遅れだ。優れた政治家のレーダーシップと
決断が必要だ」などなど。
あたかも「もう民主主義はいらない」といわんばかりの言葉に、私たちは日々接しています。民主主義といわれた
ところで、その実感もなければ、手応えもない。そうだとすれば、民主主義のどこがありがたいのか、まったく
わからないというところでしょう。あるいは、書店に行っても「民主主義の死に方」や「民主主義の壊れ方」
といったタイトルが目につきます。

しかし、ここにきて、時代の変わり目を感じています。大きな転換期となったのは、ロシアによるウクライナ侵攻でした。
ロシア側にいかなる言い分があるにせよ。現代において武力による国境変更が認められるはずはありません。国際秩序に
対して責任をもつべき安全保障理事会の常任理事国による蛮行は、世界に衝撃を与えました。なぜこのような決定を
ロシアはしてしまったのか。誰もが感じたのは、独裁的指導者の恐ろしさでした。
独裁者が何らかの理由で暴走した場合に、それを歯止めをかけることは容易ではありません。民主主義を抑圧した体制は、
自国内の多様な意見を政治に反映することもできなければ、国際社会からの要請に応えることもできません。民主主義には
本来、一時的に間違った決定をするとしても、必ず自己修正能力があるはずです。(現在の政権と異なる意見や考えを、
完全に無視するわけにはいかないからです。)これに対し、独裁体制は、うまくいっているように見えても、いつの日か
必ず過ちを犯し、その場合に自らを修正する能力を持ちません。長い目で見れば、民主主義体制の方が必ず優位になる
はずです。
しかし、そのような民主主義は「贅沢」なものでもあります。いついかなる時代においても、そしてどのような国で
あっても、望みさえすれば必ず手に入るものではないのです。例えば、まわりを強力な独裁国家に囲まれていれば、
ひとつの国だけで民主主義を維持することは容易ではないでしょう。自国の内部で激しい対立が存在し、内戦になる
ような状況であっても、民主主義はなかなか存続できません。指示が混迷し、誰もが悲観的になり、無気力になって
しまえば、やはり民主主義は難しくなります。
民主主義とは、自分たちの社会を、自分たちで動かしていくことです。「自分が何をしても、どうせ社会は変わらない」
とみんなが思えば、その予言は、必ず自己実現的に成就してしまうのです。

残念ながら、現状の世界において、いくらも望んだとしても、直ちには民主主義を手にすることができない国々が
あることを、私たちは知っています。
間違いなく、民主主義は「贅沢」なものです。そして民主主義は容易に損なわれてしまう「なまもの」なのです。
その価値は、失われてみて、はじめて痛切に感じられるのでしょう。
しかし、それでは私たちは民主主義を、自分たちのものとして大切に育て、未来に受け継がれていくように努力している
でしょうか。一人ひとりが民主主義を担うにふさわしい、自立した思考をもつと同時に、異なる意見や考えに対しても
開かれた態度を維持しているでしょうか。
「贅沢」な民主主義をいまこそ大切にするために、この本を書きました。
「そもそも民主主義って何?」と考える多くの読者に、本書が届くことを願っています。そして、ともに民主主義を維持し、発展させていきたいと心から望んでいます。
もうひとつ、いただいたメッセージを紹介したいと思います。やはり民主主義について対談したときのことです。
イベントの最後に、視聴者の皆さんからコメントを受け付けました。その最後にこんな質問が届きまた。
「責任はひとりで引き受けると苦しいですが、仲間と分け合うことで、自分の暮らしとまわりの暮らしをより強く
柔軟なものにしてくれるように思います。それも民主主義のよさでしょうか?」。
そのときもそう答えましたし、いま改めてお答えしたいと思いますが、「その通りです」。

私は民主主義とは「参加と責任のシステム」だと考えています。
自分が参加し、決定したことだからこそ、責任をもつ、そのような一人ひとりの想いに支えられているのが、
民主主義です。逆にいえば、「自分は政治に参加していないし、だから責任をもてといわれてもピンとこない」と
誰もが思うのであれば、それは民主主義とはいえません。いまや民主主義が極めて危うい状態にあることは間違い
ありません。

でも、もし自分のまわりに仲間がいたら、そしてともに地域や国の課題に取り組んでいるという実感をもつことが
できたら、責任を分かち合うことはむしろ自分の力になってくれるかもしれません。「自分はどこにも属していない、
居場所なんてない」と思っている人がいるとすれば、そのような方にこそ、本書を手に取ってほしいと思います。
そして民主主義を担う「仲間たち」を見つけてほしいと思います。

2022年5月23日 宇野重規


『そもそも民主主義ってなんですか?』宇野重規 著 東京新聞社 より
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スティーブジョブズのスピーチから学んだこと「ぶっちの人生論」より①

22.06.09

スティーブジョブズのスピーチから学んだこと 「ぶっちの人生論」より

今から17年前、2005年6月12日、スタンフォード大学でのスティーブジョブズのスピーチより


1.決断をするということは、スティーブジョブズでさえも怖いもの

”当時は怖かったけど、後から振り返ると大学を辞めたことはこれまでで最良の決断だった。"


2.今の状況だけ見て判断しないこと

"大学生の時、今の自分と将来を結びつけることなんてできなかった。
でも10年後に振り返ってみると、過去と未来はしっかりつながってるんだってはっきりと分かる。
先を見ても分からないんだ。でも、後から振り返れば、すべてはつながってるんだ。
だから、今していることもいつかどこかで役に立つと信じるんだ。そうすれば、
例え道を外したとしても、自分のやりたいことをやっていいんだって自信を持てるよ。
"


"アップルをクビになった時は分からなかったけど、それは人生で一番良かったことだったって
後で分ったんだ。
"



人生で起きる事はすべて必然・必要・ベストだと言われています。
自分が信じた道を最善を尽くして進んでいけば、少なくとも後悔はしないですみます。



3.自分の人生、本当にやりたいことをやること

"仕事に費やす時間は人生の中でもとても大きなものだから、満足いく人生を送りたいなら
「これだ!」って思える仕事をしなきゃいけない。そして、そうなるためには自分が本当に
好きなことをやらなきゃいけない。まだそれが見つかってないなら、探し続けよう。
止まってはいけない。


時間は限られているのだから、他人に流されて生きるのはやめよう。「こうあるべき」という
考えにとらわれるのは、他人の意見に流されているということだ。心の声をしっかり聞くんだ。
そして、自分の心に従う勇気を持つんだ。自分がなりたい自分は、心がもうすでに知ってるんだ。
それ以外のことは大したことじゃないんだ。



4.明日死んでもいいように毎日を生きること

"「今日が人生最後の日と考えて生きれば、いつの日か確かにそうなる。」
この言葉を聞いてから33年間、毎朝鏡に向かって自分に聞いたんだ。
「今日が人生最後の日だったら、今日これからやることを本当にやりたいか?」ってね。
もしその答えが何日も続けて「No」だったら、それは何かを変える必要があるってことを
教えてくれてるんだ。"

"いつか死ぬってことを覚えておくことは、人生のさまざまな選択をする上で、
とても大きな助けになった。"



スティーブジョブズがこのスピーチをした時、彼はガンを克服した後でしたので、
自分の死を見つめた結果として「あと数十年は元気でいたい」と言いました。
しかし実際は、このスピーチの後、6年後の2011年にこの世を去りました。

「ぶっちの人生論」スティーブジョブズのスピーチから僕が学んだ5つのコト・詳しくはこちら



私も6年前、親友夫妻の突然の死に直面した時に、
なかなか受け入れることが出来ませんでした。私は健康に関してはそれなりの見識もあると自負して、
親友夫妻にも勧めて実践してもらっていただけに未だに消化できていない部分もあります。
私の人生もこれからどれ程なのか知れません。それだからこそ今日が最後の日となっても
悔いのない日々を過ごせたらと心から思っております。




≪スティーブジョブズの最後の言葉≫

億万長者としてすい臓がんのため56歳で生涯を閉じた彼が最期に残した五カ条です。

①あなたの子供に金持ちになるようにするのでなく、幸せになるよう教育すること。
そうすれば子供達は大人になったとき、世の中の価格にとらわれない真の価値のあるものが
ある事がわかるでしょう。

➁ロンドンの格言の一つ
「食事を薬と思って食べること。でないと薬を食事のように摂らなければならなくなる。」

➂あなたのことを本当に大切に思ってくれている人は、例えあなたを見捨てざるを得ない
100の理由があったとしても、見捨てないたった一つの理由を見つけます。

④人であることと、人として生きることとには、大きな隔たりがあります。
ほとんどの人がその本当の意味を理解していません。

➄あなたは生まれた瞬間から愛されています。そしてあなたは死ぬまで愛されるでしょう。
その中であなたはあなたの人生を生きるのです。




これが本当にスティーブ・ジョブズの最後の言葉かどうかの真偽は別として、
彼の人生をうかがい知れるような気がします。





『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』 1月度

22.05.20

シリーズ35万部突破した“仕事の教科書”の第二弾“生き方の教科書”
が発刊されました。帯書きには「日本人の心を熱く燃やす」とありますが、
そもそも日本人の心とは何なのでしょうか?
京都大学大学院教授 藤井聡さんは、
「いま日本人に足りないは義憤だと思います。
国民一人ひとりの不正義への義憤こそが、
日本が亡国の道から再び蘇るための最大の力になるのです」
とおっしゃっています。
一人の日本人として、今何を考え、何をなすべきなのかを考えながら
読ませて頂いた私の心に響いた
「日本心の心を熱く燃やす」お話しをご紹介させて頂きます。




1.まず自分の中の感情に打ち克て
山崎直子 宇宙飛行士

訓練しても実際に宇宙に行ける保証は全くないわけです。ゴールの見えない中でずっとマラソンを
続けているような日々でしたね。それでも最初の数年はまだよかったのですが、これが4年、5年と
経ってくると、本当に宇宙に行けるのだろうか、訓練を続けていて意味があるのだろうか、
という不安が頭をもたげてくるようになりました。

特に4年目の2003年、スペースシャトル・コロンビア号が空中分解をする大きな事故が起きて、
宇宙計画自体が不透明になってしまったんです。この事故では一緒に訓練をしていた仲間7人が
亡くなったこともあって、しばらくは呆然としていました。私は長女を出産した後で育児休暇中でしたが、
保育園入園も決まってそろそろ訓練に復帰しようか、と思っていた矢先の大事故でした。

アメリカの宇宙船が飛べないということで訓練計画も大きく変わりましてね。
私は長女を日本に残して急遽ロシアに行き、さらにアメリカに移って訓練を続けたんです。
飛べるのかな、飛べないのかなと思いながら、それでも訓練だけは重ねていきました。
このように自分の力だけではどうしようもない壁に直面した時に励まされ、支えになったのは、
高校の担任の小田川恭子先生が紹介してくださったある言葉だったんです。
20世紀のアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーが1943年、小さな教会で説教した時の祈りの言葉です。

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。


高校時代、この言葉をたまたま日記に書き残していて、大人になってそれを読み返した時、大きな力をもらいました。
いま自分ができること、変えられることが何かあるはずで、それをやっていくことで一歩一歩道に近づいていけるのかなと。
実際、私は「おまえたちが訓練するスペースシャトルは飛ばないよ」と何度も言われてきました。しかし、飛べるチャンスが
1%でもあるかもしれないと信じてやってきたんです。



ロシアでサバイバル訓練の時などによく言われたのですが、何かをやり続けようと思う場合、一番ネックになるのは
自分の感情だというんです。壁にぶつかって「嫌だ」「できるわけない」と思っても、いざやってみたら結構やり遂げられたりする。
だから大切なのはまず自分の中の感情に打ち克つことだと。

とはいっても、規模が大きくなればなるほど一人でやれることは限られていますから、次にはやはり幅広い意味で
協調することが大事だと思います。時に競争もあり、切磋琢磨もありなのですが、一つの目標が見えてきた時には
お互いに協調することでしょうね。

2年前より名古屋大学のベンチャー企業の依頼を受け
「血管内皮機能」の測定&改善装置の開発を進めております。
最初は治療機器の経験しかない当社が、測定機器の製造のお役に立てるのかと迷いましたが、
当社が培ってきたMCC(マルチカフケア)関連のノウハウを血管内皮機能の改善に生かせる事がわかり、
チャレンジさせて頂くことになりました。



2.会社がおかしくなる六つの要因
永守重信 日本電産社長

日本電産本社の一階奥に設置しているプレハブ建屋は、創業当時に作業場として使っていたものですが、
あれをご覧になった方の反応は半分半分に分かれるのです。涙を流さんばかりに感動される方と、
本社ビルの一番いい場所になんであんな汚いものを置くのだという方がいらっしゃって、おもしろいですよ。

私としては、創業期のあの厳しい時期を乗り越えてきたからこそ、ここまでこられたわけでね。
辛い時にそこへ行くと、あの時の苦しさに比べたらこんなものは大したことはないなと思い直して、
また元気を取り戻せるのです。

新入社員にも入社時に必ず見せますし、落ち込んでいる幹部がいたら、ちょっと見てこいと言うのです。
一番怖いのは、後から入ってくる幹部が昔の苦労を経験していないために、一流企業に入ってきたような感覚で
振る舞うことです。そういう人たちには口で言っても伝わりませんから、プレハブ建屋を見せるのが一番いいのですよ。

そこは建物だけではなしに、当初からの記録もたくさん残っていて、私自身が現場で懸命に仕事をする様子も
残っている。それを見ると皆ハッとするのです。逆に、それを見て感激しない人は、最初から採用しないほうがいいです。


やっぱり考え方が一致していないと今後のグローバルな戦いは勝てません。ただ頭がいいとか、経験が豊富だとか
いうだけではダメで、本当にその会社が好きだという人が集まってこないとしらけてしまいますね。

だから私は採用担当者に言うのです。最近は一流大学からどんどん入社してくるようになったけれども気をつけろよと。
一番大事なのは、日本電産という会社が好きだという人間、よく働くこの会社で自分も一緒に頑張りたいという人間が
集まってくることだと。一所懸命働くところから始まった会社なのに、ただ有名で給料も高いから入りたいとか、
役員として入ってきて威張り散らすような気持ちでやられると、会社なんてあっという間に沈んでいくのですね。

だいたい会社がおかしくなる要因の六つを挙げよと言われたら、一番はマンネリでしょう。
それから油断、そして驕り。人間はすぐこういう躓きをするのですが、この段階はまだ元に戻せるのです。
その次が妥協。震災がきたのだからしょうがない、円高だからしょうがないと妥協する。
これはもうさらに落ち込みますね。
次に怠慢です。頑張っても怠けても給料は一緒じゃないかとかね。
そして最後は諦めです。そんなこと言ったってできません、という考えがはびこってきた時は末期症状ですね。
最初の三つはそんな大敵ではないけれども、後の三つに陥ったらもう取り返しがつきません。

当社の企業理念「心地よいだけ、その場かぎりではなく根本治療につながる治療器
及び健康グッズの開発を目指す」に共鳴する社員と共に種々の製品を開発してまいりました。
今後も、マンネリ、油断、驕り、妥協、怠慢、諦めを自戒のキーワードとして
企業理念を守っていきたいと思います。




3.うさぎはなぜかめに負けたのか
四代目 三遊亭圓歌 落語家

私が、笑いを交えながら人生や経営、子育てなどについて、私なりの考えを盛り込んだ、いまの落語や講演の
スタイルを確立したきっかけを与えてもらったのは、遠縁に当たるジュポン化粧品本舗の故養田実社長です。
養田社長は若いころ、柳亭痴楽師匠に弟子入りし、落語家を目指した経歴の持ち主だけに、私の気持ちを
よく理解してもらい、「これからの時代、落語だけで食べていくのは難しいから、半分は落語、半分は講演にして
企業を回ってみたらどうか」と、いろいろな異業種交流会などに連れていってくださったのです。

私はここで学んだ多くの経営者の言葉や、本で読んだ中村天風、森信三、石川洋といった先哲の言葉にヒントを
得ながら、それをどう落語家の自分なりに消化し、人々を笑わせ、元気づけていけるかということに知恵を絞りました。
古典落語を基礎にこれらを取り入れた私の芸風の確立は、すなわち私の人生観の確立でもありました。

養田社長から教わった忘れられない話があります。私が真打ちになったのは昭和62年5月。
林家こぶ平さんと一緒の昇進でした。真打ちが発表されると、二人がいる部屋に一斉にマスコミが押し寄せたのです。
ところが、フラッシュを浴びたのはこぶ平さんだけ。数メートル横に私がいたのですが、
どこの社も見向いてもくれませんでした。考えてみれば、こぶ平さんは正蔵、三平と続いたサラブレッド、
一方の私は、いわば落語界には何の縁もない田舎生まれ、田舎育ちの駄馬でした。

私はくやしくて涙を抑えられなくなって走って外に飛び出し、電車に乗りました。
そこに偶然にも養田社長がいたのです。「歌さん、浮かぬ顔してどうしたんだ」と聞かれ、私は、理由を話しました。
すると養田社長はこう切り出したのです。
「うさぎとかめの童話があるだろう。うさぎは、どうしてのろまなかめに負けたのか。言ってごらん」
私は答えました。「うさぎにはいつでも勝てると油断があったのです。人生は油断をしてはいけないという戒めです」と。

養田社長は「本当にそう思っていたのか。零点の答えだ」と語気を強めて、静かにこのように話したのです。
「かめにとって相手はうさぎでもライオンでも何でもよかったはずだ。なぜならかめは一遍も相手を見ていないんだよ。
かめは旗の立っている頂上、つまり人生の目標だけを見つめて歩き続けた。
一方のうさぎはどうだ、たえずかめのことばかり気にして、大切な人生の目標をたった一度も考えることを
しなかったんだよ。君の人生目標は、こぶ平君ではないはずだ。賢いかめになって歩き続けなさい」

さらに養田社長は言葉を続けました。「どんな急な坂道があっても止まってはだめだよ。
苦しいときにはああ何と有り難い急な坂道なんだ、この坂道は俺を鍛えてくれているではないか、と感謝しなさい。
有り難いというのは難が有るから有り難いんだよ」と。私は社長のこの一言で迷いが吹っ切れたのです。
そして、自分の人生の目標に向かって黙々と歩き続けよう、と思ったのです。


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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』致知出版社より



私もうさぎの油断とかめの最後まで諦めない心が勝敗を決めたと思っておりましたから、目からウロコでした。
製品開発の際についつい他社の製品と比較してしまいますが、当社の企業理念を忘れることなく、急な坂道にも決して止まることなく歩み続けて行きたいと思います。

人財の育成こそ企業発展の要なり 月刊『致知』より

22.04.19

累積二百億円超の個人資産を京都先端科学大学と附属高校に
投じて運営を引き受けられ、大学改革に乗り出された永守さんと、
4月より京都先端科学大学国際学術研究院教授に
就任された名和さんの対談の要旨をご紹介させていただきます。

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1973年、28歳の時に僅か4人で立ち上げた日本電産を、
一代で世界一のモーターメーカーに育て上げた永守重信氏。
経営者として既に破格の成功を収めた氏だが、2018年74歳にして
新たに挑戦を始めたのが、学校運営を通じての教育改革である。
豊富な経営体験から培われた独自の教育観について、
永守氏と共に人財教育に取り組んできた名和高司氏に繙いて
いただき、未開の高峰に挑み続ける永守氏のエネルギーの源を
探った。

人間の能力の差は通常2倍くらい。秀才まで入れてもせいぜい
5倍までですよ。しかし意識の差は100倍にもなる。



名和 理事長は常々、IQ(知能指数)よりもEQ(感性指数)、すなわち人間力のほうが
大事だとおっしゃっていますね。

永守 世間はIQばかり注目するんですけど、うちの社員を見ていると、IQが高いだけで、
素晴らしい製品を開発できる保証はないですよ。やっぱりEQのほうが大事。
IQは生まれ持ったもので、簡単には上がらないし、高い人と低い人の差はせいぜい5倍くらいしか
ありません。けれども、EQは磨けば上がるし、その差は100倍にもなる。だからIQの高い人を
探すよりも、EQの高い、もしくは高くなる性格の人を選んだほうが、会社は絶対うまくいくんです。
雑談力や人間性はこのEQと深く関わっていて、EQの高い人は人間関係をしっかり築くことが
できるから、営業をやればうまくいくし、開発をすれば上手に人心掌握をして多くの社員を
まとめることができるんです。
残念ながら、いまの若い人はEQを磨く機会がほとんどないんですね。子供の頃から塾に行かされ、
家庭教師をつけられ、勉強ばかりやっているし、少子化だからきょうだいの中で揉まれて
人間関係を学ぶチャンスもあまりない。だから学校の成績が良くて医者になっても、患者の
気持ちが分からないから、データだけ見て「あなたはあと6か月の命だから」と平気で言ってしまう。
いまの学校は、「教」知識を与えられるだけで「育」人を育てることをしていない。
これは教育じゃないですよ。だから私の大学では、人の気持ちが分かる、EQの高い、
人間力に満ちた人財を育てたいんです。

私は、これから求められるのは「3P」だと考えています。
一つはプロアクティブ。これは自分から進んで仕事ができる人財。
それからプロダクティブ。生産性の高い仕事ができる人財。
そしてプロフェッショナル。やっぱり自分の専門を持たなきゃいけない。

日本電産の三大精神は「情熱、熱意、執念」
「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」
理事長の発信される言葉はどれも強烈に心に刺さるものばかりです。


名和 頭でっかちではダメだというのが、理事長の持論ですよね。
これはやっぱり、人を動かしてなんぼの経営の世界で戦ってこられた理事長だからこその
実感ではなかろうかと思います。例えば、京都大学の山中伸弥先生は、世界中の人から応援され、
支えられてiPS細胞の研究をなさっていますが、これはやはり山中先生が高い人間性の持ち主だからだと
思うんです。一緒に歩んでいきたいと思われるような人物でなければ大きな仕事もできないというのは、
長年経営の修羅場に身を置いてこられた理事長の実感だと思いますし、だからこそそういう人財を
育てていきたいとお考えになるのだと思うんです。

京都先端科学大学にお邪魔すると、学生たちが和気藹々とキャンパスライフと楽しんでいる様子が
伝わってきます。ただ知識を詰め込む授業ではなく、実験などを通して他の学生とコラボレーションしたり、
チームワーク力を養ったりする機会をたくさん設けられていて、仲間と一緒に何かをしたいという気持ちを
育むことを重視されていることが分かります。

理事長はその一方で、EQだけでもダメだとおっしゃっていますね。人間性さえよければいいと思うと、
どうしても甘さが出てしまう。やはり、現実の厳しさを乗り越えていく努力や執念はどうしても必要ですよね。


永守 もちろんEQだけじゃダメです。当社の三大精神の一つは、「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」
ですけれども、そういう気概とか執念、あるいは向上心が強いとか、負けず嫌いであるとか、
そういうものは不可欠ですよ。
当社で優れた開発をしている社員は、必ずしも一流大出身とは限りません。
一流大出身でなくとも優秀な社員はたくさんいます。
だから私は、玉露のカスより番茶の上等だと言うんです。
一流大学のカスより活躍する、上等な番茶を目指そうと。


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月刊『致知』2022年4月号より抜粋



1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 5月度

22.03.29

「一流 プロフェッショナル、365人が贈る 仕事のバイブル」

繰り返し味わいたくなる感動がある。
繰り返し口ずさみたくなる言葉がある。


昨年10月に引き続き、本書365人の5月度のお話しの中から、
コロナそしてウクライナ危機という死中の今、私の心に
響いた言葉をご紹介させて頂きます。





1.成功する人は脳に何をインプットしているのか
西田文郎 サンリ会長

世の中には大きく分けて二種類の人間しかいません。どうせ自分なんて
こんなものだよと思って生きている「否定的錯覚型」と、
本田宗一郎さんのように、小さな町工場の親父であってもみかん箱の上に
乗って、「世界のホンダになる!」と叫んでいるような「肯定的錯覚型」。
たとえ何回躓いても「次はできる、自分はできる」と、そういう錯覚が
ずーっと続かない限り、絶対に成功者にはならないんですね。
だから、要するに成功者とは何かといえば、常識で考えれば99%は無理だと思われることを
「絶対にできる!」と思っている、ただの”アホ”なんです。
私は、仲間の経営者の方々と集まって夢を語り合う「アホ会」というのを長いことやらせて
いただいているんです。アホの定義は、「不可能なことはない!」と思っていること、
そして人を喜ばせることが大好きなこと。だから当日会場にきたらマイナスな言葉は一切禁止
にして、仲間がどんなとてつもない夢を語っても「おまえらならできる!」と言わなきゃいけない。
アホ会では「あんたは日本一のアホだ」と言われると、みんな大喜びです。


一部上場企業の社長もたくさんいます。
最近でこそイメージトレーニングが重要だということは十分認知されていますが、
僕は1970年代から取り組んできました。
当時日本の有名大学に「参考になるような話を聴きたい」と電話をしましたが、
脳の病の研究はしていても、機能研究はやっていなかった。だから本当に手探りで始めて、
最初の8年間は失敗ばかりでした。しかしその間、何十万人という方々のデータをいただき、
それが後の大きな財産になったんですね。
皆さんに必ず何項目かの設問に答えていただくのですが、育ちも生まれも仕事も違いますから、
当然違うところに〇をつけるわけです。ところが、成功している人はみんな同じところに〇をつけている。
その一つが、
「自分には運があると思う」
というところだったのです。ああ、そうかと。脳は10万台のパソコンよりも高性能ですから、
脳に「自分は運がある、ツイている」というソフトが組み込まれていれば、目標をインプットすると、
こうしたらできる、ああしたらできると、「できる」ことばかりがイメージとして浮かんでくるんです。
そういう状態であれば、確かにイメージトレーニングも効果的です。
しかし、脳に「ツイていない」というソフトが組み込まれていると、過去の体験から「できなかった」
「やっぱり無理」といったトラウマばかりが検索され、できない姿ばかりがイメージされる。
だから成功するには、まずは脳を「自分には運やツキがある」というソフトに替えないといけない。
そのことに気がついたのです。
本当に優秀な人たちには、共通して運を感じる力「運感力」というものがあるんです。で、運があると
感じている人間は、根拠のない自信を持っているんです。根拠があれば自信なんて誰でも持てますから。

いつ頃からか「私は運が良い」と思うようになっていました。
来月には後期高齢者となりますが、年を重ねる毎にその思いは強くなっております。
周りの人からも私はよく、
「良い人とめぐり逢える運が強い」と言われておりました。
確かに、良い人との出合いは、努力したら叶う事ではありませんから、やはり「私は運が良い」としか思えません。
では、どうしたら運が良くなるのでしょか?
私は「良い事も、悪い事もない!すべての事に感謝できる心」が大切ではないかと思っております。



2.知恵を富に換えるのが仕事
林野宏 クレディセゾン社長

結局、成功するために何が必要かと考えてみると、自分が夢中になれることを仕事にするか、
与えられた仕事に夢中になるか、しかないんですね。大多数の人は後者でしょうから、
やはり自分で努力して仕事に喜びや楽しみを見出したり、会社を好きになることがまず必要です。
そして学校で教育をうけたり、本を読んだり、人からいろいろなことを教わったりして得た知識。
そういう知識、情報、経験を、「知恵」に置き換えるわけです。そしてアクションを起こすことに
よって、その知恵を「富」に置き換えるプロセスを、私は仕事と呼ぶのだと思います。
いくら知恵をつけても、それをお金に換えるところまでやらなければ仕事とはいえません。

それで、大半の人は人間の能力を頭の良し悪しだと考えてしまいがちなんですが、
そんなことは全然関係がない。私が思うに能力とは、目標を達成するために
「情熱を持続させる力」なんです。
一枚でも多くカードを獲得するにはどうしたらいいか、と何につけても考える。
セゾンカードにはこういう特典があって、デザインはこうだとか、お客様から見た時の
お得な印象・・・・、割引が付いているとか、ポイントに有効期限がない、といった要素によって
カードが選ばれていくわけです。自分が使うなら、サインレスだったらいいな、とか。
ところが、サインをするのが業界の常識だし、サインレスなんてしたら「俺は使ってないよ」
と後で言う人が出てきて大変なことになるぞ、と大騒ぎする人がいる。

実際に私もサインレスの導入時、同業他社や弁護士から呼び出しを食らい、
「何を考えてるんですか!?」と言われました。でも「顧客数を拡大して取扱高を増やせば
そのリスクは防げるし、むしろお釣りがくるくらいだ。お客様の利便性が図られて
こんなにいいことはない」と譲りませんでした。
反発されるのは、あくまでも業界の中で平準化された事柄なんです。これを壊す。
だから資本主義の本質とは、「創造的な破壊だ」と思うんです。お客様にとっての
利便性が図られることならば、それを阻止する規定や固定概念はすぐに壊してしまった
ほうがいいと思います。


私は縁があって医療業界に職を得て、その後必要に迫られて製品開発に携わるようになり、
それが今では天職とさえ思えるようになりました。私が製品開発の際に一番大切にしているのは、
自分が患者の立場になった時に、その製品を使用したいと思うか?どうかです。
林野社長がお客様の利便性を第一に考えて、業界の常識や固定概念に囚われずに
果敢にチャレンジする精神を私はこれからも大切にして行きたいと思います。



3.人生はあなたに絶望していない
永田勝太郎 公益社団法人国際全人医療研究所 理事長

ある時大病を患って、突然歩けなくなってしまったんです。何だろうと思っているうちに
立つこともできなくなって寝たきりになり、ベッドのそばにあるトイレにすら自分の力では
行くことができなくなりました。薬の副作用のため、抹消から筋肉が萎縮し、力が抜けていく
という病気でした。
そういう状況の中で、頭の中では何を考えていたかというと、人間は死を受容できるのか
ということでした。自分が間もなく確実に死ぬと思っていましたから、毎日毎日天井を
見ながらそのことばかりを考え続けました。ただその時に、あの世はあるかということは
思わなかった。自分がもし万が一生きられたらって、いつも思っていましたね。
つまり、死んだらどうなるかということよりも、生き延びることができたら、自分の人生を
何に使おうかと考えたわけです。だから僕も楽観的だったと思うんですが、散々悶々と考えた
揚げ句に出た結論は、俺は死を受容できないということでした。受け入れられないから、
もし死んだら化けて出るだろうと。だったら生きるしかないだろうと思うようになったんですね。

ところが病状は日に日に悪化し、ペン1本すら重たくて持てない。眠るたびに酷い悪夢に襲われ、
全身汗だくになって目が覚める。僕が倒れたのはヴィクトール・E・フランクル先生が亡くなった
翌年の一九九八年だったんですが、僕はとうとう彼の奥さんにこんな手紙を書きました。
「エリーさん、さようなら。僕はいま死ぬような大病を患っているんだ。
もう二度とウィーンの街を歩き回ることもないだろう。これから先生の元へ行きますよ」
そしたらエリーさん、慌てて返事をくれましてね。
「あなたがそんな病気でいるなんて、とても信じられない。私は医者ではないから、
あなたに何もしてあげることはできない。けれども生前、ヴィクトールが私にいつも
言っていた言葉をあなたに贈ろう」

この言葉が僕を蘇らせてくれたんですね。
「人間だれしもアウシュビッツ(苦悩)を持っている。しかしあなたが人生に絶望しても、
人生はあなたに絶望していない。あなたを待っている誰かや何かがある限り、あなたは
生き延びることができるし、自己実現できる」
この手紙を僕は何百回も読み返しました。そうして考えたのは、いまの自分にとっての
生きる意味とは何だろうということでした。そして考え続けた結果、「あなたを待っている
誰かや何か」の焦点は私にとっては医学教育であり、生きる意味は探せばちゃんとあるのだと
感じたんです。
それから私はよし、と気合を入れ直してリハビリに専念し、毎日鍼治療も受けました。
さらに漢方薬や温泉療法なども行って、二年後には奇跡的に職場復帰まで果たすことが
できたんです。エリーさんのあの言葉がなかったら僕はいまここにいませんよ。

先月の「会長の思い」でご紹介させて頂いた田坂広志さんは32歳のとき、
医者から「もう長くは生きられない」と宣告されましたが、ある禅師の
「人間、死ぬまで命はあるんだよ!」
「過去は無い。未来も無い。有るのは、永遠に続く、いまだけだ。
いまを生きよ!いまを生き切れ!」という言葉が胸に突き刺さり、
そのように生きようと覚悟を定めた瞬間、病を超えられたそうです。
永田さんは「あなたを待っている誰かや何か」に気づかれて、
奇跡的に職場復帰まで果たすことができました。
お二人に共通する言葉が「死中活あり」ですね!




「死中活あり」 Ⅱ 到知出版 月刊「到知より」

22.02.24

いまを生きよ いまを生き切れ
多摩大学大学院名誉教授 田坂塾 塾長 田坂 広志

世界はいま、コロナ危機という死中にある。
出口の見出し難いこの長いトンネルを、私たちはいかに歩んでいけば
よいのだろうか。豊富な経営体験にもとづき、より良い人生や仕事を
全うするための心の技法を唱導する田坂広志氏に、若き日の大病の
体験を交え、この死中に活を見出すために求められる覚悟について
お話しいただいた。









今回ご紹介する田坂広志氏のお話しは多少長くなりますが、
私は何度も読み返して、心からの感動と共に、不思議な安心感に
包まれました。どうぞ最後までお付き合いくださいましたら幸いです。



■絶望の底で得た気づき、生死の境で掴んだ覚悟

三十二歳のとき、私は重い病を患い、医者から「もう長くは生きられない」との宣告を受けました。
医者から見放され、自分の命が刻々失われていく恐怖と絶望の日々、両親は私に、ある禅寺に
行くことを勧めました。藁をも掴む思いで、その寺に行きましたが、そこには何かの不思議な
治療法があるのでは、との期待は、すぐに打ち砕かれました。
寺を訪れると農具を渡され、ただひたすら畑仕事で献労をすることが求められたのです。
明日の命も知れぬ自分が、なぜこんな農作業をやらねばならないのか。
そう思いながら鍬を振り下ろしていると、不意に横から「どんどん良くなる!どんどん良くなる!」
と叫ぶ声が聞こえてきました。見ると一人の男性が懸命に鍬を振り下ろしている。しかし、その足は
大きく腫れ上がり、ひと目で腎臓を患っていることが分かりました。
休憩時間に声を掛けると、その男性は言いました。「もう十年、病院を出たり入ったりですわ。
一向に良くならんのです。このままじゃ家族が駄目になる。自分で治すしかないんです!」
その覚悟の言葉が胸に突き刺さってきました。そして、その瞬間、一つの思いが沸き上がってきました。
「そうだ、自分で治すしかないんだ!」それまで自分は、医者が治してくれないか、この寺が何とか
してくれないかと、常に他者頼みであり、自分の中に眠る無限の生命力を信じていませんでした。
それが最初の気づきでした。

それから数日後、山の中腹の畑を耕しに行くことになりました。
当番になった私が仲間に農具を配り終え、先に出発した仲間を追って山道を登り始めると、
思わず言葉を失う光景を目にしました。
それは、足を患っている献労仲間の老女が、鍬を杖にして、山道を必死に登っていく姿でした。
農作業はおろか、歩くことすら困難なのに、不自由な足で、鍬にすがりながら山道を
登っている。しかし、その後姿から老女の覚悟の声が聞こえてきました。
「たとえ畑に辿り着けなくとも良い!私は全身全霊、この命を振り絞って登り続けます!」
私は思わず心の中で手を合わせ、「有難うございます。大切な事を教えて頂きました」と
念じながら横を通り過ぎていきました。

■「人間死ぬまで命はあるんだよ!」

その献労の日々を続け、寺の禅師との接見がかなったのは、ようやく九日目の夜でした。
禅師は、力に満ちた声で私に聞きました。
「どうなさった」「はい、実は・・・」
私は堰を切ったように苦しい胸の内を吐き出しました。・・・・・
禅師はきっと、何か励ます言葉をかけてくれるに違いない。そう期待しながら
語りました。私の話を聞き終えて、しばしの沈黙の後、禅師は言いました。
「そうか、もう命は長くないか」「はい・・・・・」
その後、禅師は、腹に響く声で力強く、こう言ったのです。
「だがな、一つだけ言っておく。人間、死ぬまで命はあるんだよ!」
一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。当たり前のことを言われた気がした。
しかし禅師は続けてもう一つ、力強く言葉を語ると、接見を終えました。
私は部屋を出て長い廊下を戻りながら、禅師の言葉を思い起こしました。
その瞬間、突如、気づいたのです。
そうだ、禅師の言う通りだ!人間死ぬまで命があるにも拘らず、私はもう死んでいた!
どうしてこんな病気になってしまったのかと「過去を悔いる」ことに延々と時間を使い、
かけがえのない、いまを生きてはいなかった。
その瞬間、禅師が続けて語った言葉が、心に甦ってきたのです。

「過去は無い。
未来も無い。
有るのは、
永遠に続くいまだけだ。
いまを生きよ!
いまを生き切れ!」


この言葉が胸に突き刺さってきました。そして、このとき、私は、
一つの覚悟を心に定めたのです。

「ああ、この病で、明日死のうが、明後日死のうが、もう構わない!
それが天の定めなら仕方ない。しかし、過去を悔いること、未来を憂うることで、今日という
かけがえのない一日を失うことは、絶対にしない!今日という一日を、精一杯生き切ろう!」

そして、そう覚悟を決めた瞬間、私は病を超えたのです。もとより、奇跡のように病が治った
わけではない。しかし、心が病に囚われなくなったのです。・・・
その結果、不思議なことに病の症状は十年続きましたが、最後は病が消えていったのです。

■病とは福音なり 逆境とは好機なり

しかし、私が得たものは、それだけではありませんでした。
病を超える生命力の横溢とともに、自分の中に眠っていた様々な才能が開花していったのです。
そして、さらに、不思議なほど良い運気を引き寄せるようになったのです。・・・
しかし、それらは、すべて、この生死の体験で掴んだ「いまを生き切る」という覚悟と生き方が
引き寄せたものと思っています。
世に「病とは福音なり」という言葉がありますが、病気になることは一見不運なことのようで、
実は幸運の兆しでもあるという人生の深い真理を教える言葉です。
私の人生は、まさに、この言葉が真実であることを教えてくれています。
いや、それは、私だけではない。我々が、この言葉を信じて歩むならば、人生で与えられる
逆境とは、実は成長の機会であり、危機とは、実は好機なのです。
いま、世界はコロナ禍という死中にあります。そして、この未曽有の危機と逆境の中で、
多くの経営者が悪戦苦闘を余儀なくされ、多くの人々が、心理的不安と経済的苦境の中にあります。
しかし、冒頭に述べた私の体験から申し上げるならば、どれほどの危機も逆境も、我々の覚悟次第で、
好機に転じることができるのです。死中に活を見出すことができるのです。
では、どうすれば、人生の危機や逆境を好機に転じることができるのか。
そのための方法としては、古今東西、ただ一つのことが語られています。
それは、心に「ポジティブな想念」を持つことです。

その理由は、三つあります。

第一は、喜びや希望、安心や感謝などのポジティブな想念に包まれると、
生命力が横溢し逆境を越える力と叡智が湧き上がってくるからです。

第二は、ポジティブな想念を抱いていると、自分の周りからネガティブな
想念の人が離れていき、ポジティブな想念の人が集まってくるからです。

第三は、ポジティブな想念を持っていると、自然に悪い運気が去っていき、
良い運気を引き寄せるからです。

■心にポジティブな想念を持てない「本当の理由」

しかし、このことは、誰もが分かっていながら、実は、心にポジティブな想念を持つことは、
決して容易ではありません。
その理由は、我々の心には、「双極性」という厄介な性質があるからです。
すなわち、我々の心は、あたかも電気のように、プラスの電荷が生まれると、同じだけマイナスの
電荷が生まれるのです。
それが古今東西、多くの書籍で「ポジティブな想念を持てば、良い運気を引き寄せ、良き人々が
集まり、生命力と叡智が湧き上がってくる」と語られながら、それを実践することがなかなか
できなかった、本当の理由です。
では、どうすれば良いのか。
この「心の双極性」の問題を超え、心にポジティブな想念を持ち、目の前の逆境を越えていくためには、
どうすれば良いのか。
ここでは、その要点を述べておきましょう。
それを一言で述べるならば、ネガティブな想念が生まれない
「絶対肯定の人生観」を定めることです。
では、その人生観とはどのようなものか。

絶対肯定の人生を掴む「五つの覚悟」

それは、次の「五つの覚悟」を定めた人生観であり、「絶対肯定の逆境観」
とも呼べるものです。

◎第一の覚悟は、
「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」と信じることです。


ここで「大いなる何か」とは、神、仏、天など、人智を超えた存在のことですが、
古今東西の一流の人物は、例外なく、大いなる何かの存在と導きを信じることによって、
様々な逆境を越え、素晴らしい人生を拓いています。
しかし、それは一流の人物だけではありません。誰にも、「あの人と出会ったことで、
人生が好転した」「あの出来事があったから、進むべき道が見えた」
といった体験はあるでしょう。そのことに気づき、自分の人生は大いなる何かに
導かれていると覚悟を決めた瞬間に、心の中に「不思議な安心感」と
呼ぶべきポジティブな想念が広がっていくでしょう。

◎第二の覚悟は、
「人生で起こること、すべて、深い意味がある」と考えることです。

この覚悟を定めると、自然に心の中に、「この逆境は何を意味しているのか?」
「大いなる存在はこの逆境を通じて何を学べと言っているのか?」
という問いが生まれてきます。そして、この問いを抱くとき、いかに
「悪しき出来事」と思える逆境にも、我々の人生を導く「良き意味」
があると考えられるようになります。そして、人生で与えられる、
いかなる逆境にも、大切な意味があると受け止めることができるならば、
心の中の後悔や慚愧、不安や恐怖などのネガティブな想念は、
自然に消えていきます。

◎第三の覚悟は
「人生における問題、すべて、自分に原因がある」と引き受けることです。

なぜなら、自分以外に原因があると思うと、ネガティブな想念が湧き上がって
くるからです。仕事で失敗に直面したとき、「あの部下がミスをしたからだ」
と考えた瞬間に、心の中に、批判や非難、不満や怒りといったネガティブな想念が
生まれてしまいます。
ここで、自分に原因があると「引き受ける」ことは、決して自分を責めることでは
ありません。それは、自分に原因があると受け止めることによって、自分の成長の
課題に気がつき、さらに大きく成長していけると考える、極めてポジティブな想念
なのです。

■「大いなる何か」が自分を育てようとしている。

◎第四の覚悟は逆境に直面したとき、
大いなる何かが、自分を育てようとしている」と受け止めることです。

すなわち、「いま、大いなる何かが、この逆境を与えることによって、自分を
成長させようとしている。そして、その成長した自分を通じて、素晴らしい何かを
成し遂げさせようとしている」と受け止めることです。
その解釈ができるならば、それは、いかなる逆境も肯定的に捉える「絶対肯定の逆境観」
に他なりません。

◎第五の覚悟は、
「逆境を超える叡智は、すべて、与えられる」と思い定めることです。

誰しも逆境に直面すると「この問題は解決できるだろうか」という不安や無力感に包まれ、
ネガティブな想念に囚われてしまいます。そのとき「大いなる何かが、自分を導いている。
されば、この逆境を越える叡智は必ず与えられる」と深く念じるならば、不思議なほど
心が静まり、勇気が湧き上がってきます。

以上が、「絶対肯定の人生観」と「絶対肯定の逆境観」を定めるための
「五つの覚悟」ですが、この覚悟を定めると、人生において与えられる様々な苦労や困難、
失敗や敗北、挫折や喪失、病気や事故、そうしたすべての逆境を肯定的に受け止める視点が
定まります。そして、その結果、心がポジティブな想念で満たされるため、生命力と叡智が
湧き上がり、良き人々が集まり、良い運気を引き寄せるようになります。
特に、この「良い運気」という意味では、逆境を越えるきっかけとなる「不思議な偶然」が
しばしば起こるようになります。

■「使命」とは「命を使う」こと

しかし、この「絶対肯定の人生観」を身につけるためには、ここまで述べてきた
「逆境観」と「五つの覚悟」を定めることに加え、さらに二つ、大切な人生観を
身につける必要があります。

・その一つが「死生観」です。
私が若い頃に薫陶を受けた、ある経営者は、重大な経営危機に直面したとき、
部下に対して、「命取られるわけじゃないだろう!」と語り、彼らを鼓舞して
危機を脱しました。この経営者は、太平洋戦争で死の淵から生還した体験を持ち、
死生観が定まった人物でしたが、その言葉には「生きているだけ有り難い!」
という感謝と絶対肯定の精神が宿っていました。

・もう一つ大切なことは、「使命観」を持って生きることです。
この「使命」という言葉は素晴らしい言葉。なぜなら、それは「命を使う」と
読めるからです。そして、「自分は、この仕事を通じて世の中に光を届けよう」
「自分は、この仕事に人生(命)を捧げよう」と思い定めている人は、
いかなる逆境がやってきても強い。
それゆえ、もし経営者やリーダーが、本気で社員や部下に、事業や仕事の志や
使命観を語るならば、社員や部下もまた、ポジティブな想念を抱き、逆境を越える力と
叡智が湧き上がってくるでしょう。

■絶対肯定の想念を掴む、「二つの祈り」

以上述べた「逆境観」「死生観」「使命観」を定めることができれば、
我々は「絶対肯定の想念」を身につけることができるでしょう。

しかし、こうした「絶対肯定の想念」を、さらに確固としたものとして
身につけるためには、日々、行うべき習慣があります。

それは「祈り」の習慣です。
ただし、ここで言う「祈り」とは、大いなる何かに、こうして頂きたい、
ああして頂きたいと願う「願望の祈り」ではありません。そうした祈りは、
心の双極性がゆえに、必ず、心の中に「この願望が実現しなかったらどうしよう」
というネガティブな想念を生み出してしまいます。
それゆえ、私が田坂塾において塾生に勧めているのは、すべてを肯定する
「絶対肯定の祈り」です。この祈りには、二つあります。

・一つは、すべてを大いなる何かに委ね、ただ「導きたまえ」と祈る
「全託の祈り」です。


・もう一つは、いかなる逆境が与えられても、ただ無条件に「有り難うございます」
と祈る「感謝の祈り」です。


この二つの祈りを日々の習慣とするならば、必ず「絶対肯定の想念」が身についてきます。
さて、こう述べてくると、「死中に活あり」という言葉の真の意味が理解できるでしょう。
この言葉の真の意味は、「この逆境においても活路を見出す」という受け身の意味ではありません。
それは、「天が与えた逆境においてこそ、人生の活路を見出すことができる」という
絶対肯定の意味に他ならないのです。


引用:月刊「致知」より



田坂広志氏の著書をご紹介いたします。
『すべては導かれている』(小学館)
『運気を磨く』『運気を引き寄せるリーダー七つの心得』『人間を磨く』(いずれも光文社新書)など

『学問のすすめ』 いつか読みたかった日本の名著シリーズ①

22.01.14

2013年の5月から毎月1回を目標として始めました「本日の視点」でしたが、
お伝えしたいことが思い浮かばなかったり、又忙しさにかこつけたりで、
ノルマは果たせませんでしたが、何とか91回目を迎えることが出来ました。
これからも、私自身が直接見聞きした事、読んだ本の中で心に残った言葉、
そして最新の情報などを皆様にお伝えさせていただきます。
どうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。

50歳の手習いではありませんが、題名だけは知っているが読んでいない本が
多い事に気づき、”読みやすさ”に惹かれて、致知出版社の
「いつか読んでみたかったシリーズ」を購入しました。

シリーズ第一巻目、福沢諭吉の『学問のすすめ』の帯書には
"学問の要は「活用」の一点に尽きます。
活用なき学問は無学に等しいのです。”
と書かれていました。

平澤興先生(第16代京都大学総長)も
”今日一日の実行こそが、人生のすべてである。
人生は夢と祈りと実行以外にない。”

と述べられています。

『学問のすすめ』を読み進めますと、とても150年も前に書かれた本とは
思えないほど、現代の日本人にもとても示唆に富んだ内容に驚かされました。

本書は初編から17編まで見出しごとに「たとえ話」も含めて論説がとても理解しやすく書かれております。
コロナ禍もあり”自由”とか”権利”だけが一人歩きして”義務”とか”利他の心”が疎かになっている
現代の日本人にとっては”必読の書”ではないかと思います。

解説-福沢諭吉が見抜いた「自由の重さ」 奥野宣之(訳者)の一部をご紹介させていただきます。

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●自分がおかしいと思うものを徹底的に批判する

発足間もない新政府は、征韓論をめぐる内部対立や相次ぐ不平士族の蜂起などで早くも
絶対絶命の危機に。
幕藩体制や身分制度といった旧秩序をぶっ壊してみたものの新しい「独立国家・日本」の姿は
まったく見えない。
『学問のすすめ』はそんな混迷を極める時代に書かれた。
現代人が『学問のすすめ』に触れるときに感じるのは、その販売部数ではなく思想の強さだろう。
それは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という希望に満ちた言葉であり、
文明の発展を成し遂げようとする意欲的な姿勢、
そして、日本の独立のため火の玉になって働いた明治人の魂だ。
筆者も本書に対してそんな偏ったイメージを持っていた。
ところが、実際に作業を始めると、この見方はあまりにも的外れであったと反省させられた。
まず古くさいどころか最近の本よりずっとおもしろかった。
福沢はどんなものでも自分がおかしいと思ったら徹底的に批判する。
旧幕府や武士階級から、頑迷な和漢の学舎、「安定」を求め政府に取り入ることばかり
考えている洋学者、因習にとらわれた農民、町人根性が染みついた都市の大衆に至るまで、
あらゆる方面を筆鋒鋭く斬りつける。
その切れ味の鋭さは、ほれぼれするし、独特の「たとえ話」に代表される表現もユーモラスだ。
しかも、その攻撃は、徹底して相手と同じ高さから繰り出されるもので、
自身の業績や知識を振りかざした「上から」のものではない。
相手の立ち位置まで、わざわざ降りて行って闘うというのは、どこか優しさがある。
読後感も爽やかだ。


※「安定」を求め政府に取り入ることばかり考えている洋学者は
そのまま今のコロナ禍における御用学者やマスコミであり、因習にとらわれた農民、
町人根性が染みついた都市の大衆は、政治家や新聞・テレビの情報を鵜吞みにして、
10歳の子どもでもおかしいと思う事にも
気が付かない人々を連想させますね!





●現代日本の諸問題を先取りしていた福沢諭吉
また、それぞれのテーマの示唆の深さにも驚いた。
現代の日本の問題が、ほとんどここに書かれていると言ってもいいくらいだ。
つまり、本書は「明治時代の立身出世論」ではない。男女同権、消費社会、
社会保障、自由競争、家庭教育、キャリア、自己実現、若年層のニート化、
情報社会の弊害といった現代につながるテーマが、至るところに埋め込まれているのだ。
このように現代人の目から見ても刺激に満ちた本書だか、筆者が最も興味を惹かれたのは、
16編の「心事と働きのバランス」の話しだった。
ここで福沢は、「働きがあるのに志がまったくない人」と「何もできないのに志ばかり
高い人」を対比し、最近、後者が増えているのが気になる、と漏らしている。
近ごろ、街で見かけるのは、もの憂げな、うらみと不平に満ちた顔ばかりだ、と。
筆者は、この部分こそ、福沢がこれから日本人の心に起きる危機を予見していた箇所だと思った。
「働き」に対して「心事」ばかり大きくなった人が増えていく。
「世間に認められたい」「特別な人間になりたい」という思いは空回りするばかりで、
心は荒み、ふさぎ込んでいく。そのうち「時代が悪い」「社会のせいだ」などと言いだして、
人々は生きていることに充実を感じなくなってしまう。
明治維新の結果、身分制度はなくなった。絶対的なリーダーが大衆を導いていくという物語が消えさり、
自由な社会が始まった。人はなろうと思えば何にでもなれる。
しかし、それは一人ひとりが、「自分何者なのか」「自分に何ができるか」という
容赦のない問いに絶えずさらされることでもある。
これは140年を経た現代の日本にも、そっくりそのまま当てはまるだろう。
自由のすばらしさを説いた福沢は、同時に自由が人間にとって重すぎるものであることも
見抜いていた。
自由という不安を人は克服できるのか。
政府のあり方や社会制度だけでなく、働き方、それに心の危機まで。
『学問のすすめ』が現代に課している問題は、あまりにも多い。

いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ①『学問のすすめ』解説より


2022.1.14 91st

「死中活あり」 到知出版 月刊「到知より」

21.11.26

第三次世界大戦とも言える、出口の見えないコロナ危機の長いトンネルをいかに
歩んでいけば良いのか? 会社創業から45年間の数々の危機を思い起こしながら、
「死中に活あり」を考えてみたいと思います。

東洋学の泰斗・安岡正篤師に「六中観」なる言葉がある。
人物を修錬するための方途を説いた言葉である。

忙中関あり―どんな忙しい中でも閑はつくれるし、またそういう余裕を持たなければならない。
苦中楽あり―どんな苦しみの中にも楽は見つけられる。
死中活あり―もう駄目だという状況の中にも必ず活路はある。
壺中天あり―どんな境涯の中でも自分独自の別天地を持つ。
意中人あり―尊敬する人、相許す人を持つ
腹中書あり―頭の知識ではなく人間の土台をつくる書物を腹に持つ。

「六中観」は安岡師の自作と思われるが、師自身「私は平生窃かに比の観をなくして、
如何なる場合も決して絶望したり、仕事に負けたり、屈託したり、
精神的空虚に陥らないように心がけている」(安岡正篤一日一言)と語っている。
私たちも安岡師のこの姿勢に学びたいものである。

本号のテーマは、この「六中観」から昨今の時流に鑑み、「死中活あり」を選んだ。
改めて「六中観」を読み返してみると、他の五中観はすべて、死中に活を開くために
必要な要因のように思える。

平素より五中観を心がけ、熟達している人物にして、初めて、
死中に活路をひらくことができるのだ、と安岡師は言われているように思える。

松下幸之助も死中に活をひらいた人である。
「小学校中退で丁雑奉公に出て、二十三歳で独立、五十歳で敗戦を迎え、
そして思いもよらなかった財閥指定で追放だといわれたのですから、
絶対納得できるものではありません。素直になろうにも、素直になれない。
けれども素直にならなければ自分は生きていけない」(松下幸之助叱られ問答)

この葛藤の中で松下幸之助は「素直になるしかない」と思い定め、
新たな一歩を踏み出したのだろう。
幸之助の「素直の一段になる」修錬は、ここから始まったのではないかと思われる。
幸之助のこんな言葉がある。
「現実を不定してもいけない。是認してもいけない。容認しなければならない」
現実を否定しても是認しても、現実は変わらない。容認する。
即ち現実をありのままに抱きかかえて、そこから一歩を踏み出すことが大事だ、
ということだろう。

死中に活をひらくために忘れてはならない心得である。

最後に、松下幸之助がその体験からつかみ取った、人生の急所を衝いた言葉を二つ紹介したい。

■「悲運と思われる時でも、決して、悲観し失望してはいけない。
その日その日を必死に生き抜くことが大事。
そのうちきっと、思いもしない道がひらけてくる」

■「九十であろうが百であろうが、生きている間はやるべきことをやる。
人間は行き詰まるということは絶対にない。行き詰まるということは、
自分で行き詰ったと思うだけのことである」

忙中の閑、一人静かに噛み締め、自分の糧としたい。

1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 4月度

21.10.25

「人間力と仕事力が身につく
仕事ができる人はここが違う・・・・・

どのような仕事に係わらず
仕事ができる人は何かが違う・・・・・
その何かの一つ「人間力」を磨くため
本書の365人のお話しをご紹介させて頂いております。


人生で真剣勝負した人の言葉は、詩人の言葉のように光る



1. 仕事は祈りである 平澤興 京都大学元総長

賢いと燃ゆることができないですね。燃ゆるためには愚かさがいる。愚かさは力です。
それは、私は四十年間、大学にいて、そう思います。
だから、優等生もいいけどね。優等生のやり得る仕事は大抵、型が決まっている。
本当に世の中に大きな光を与えるのは、必ずしも、いわゆる優等生だけではない。
部長とか課長とか、そんなところにさっとなるのは優等生が多いようですが、
日本の将来に大きな変化を与えて、自ら進むべき道を断固として守っていくというようなのは、
むしろ優等生ではない方に多いくらいです。
だから、やっぱり、ある意味では愚かさね。損とか得なんていうことは考えないで、
ひたむきに行く人ですね。

私の友達の青柳安誠。京大の外科部医で、外科では日本一の人です。
この人が言っていましたが、仕事は祈りである、と。執刀する瞬間、祈るんですね。
最善を尽くすだけじゃ、まだ足らないんで、どうぞ、この手術が上手くいきますようにと、祈る。
これはやっぱり、すごいと思います。
この男が、「器用な人では外科の名人にはなれん」と言っていました。
それはね、いろんな外科の方式がある。長い歴史を通してね。人によっては、
血管の走り方が違ったり、神経の走り方が違ったりしてる人がある。
そういう場合までも考えて、間違いを起こさないようにというのが、長い伝統の手術だそうです。
ところが、器用な人がやるとね、目先だけでさっとやる。一見誠に器用だが、
時に思わぬ間違いを起こす。何分間で盲腸の手術をしたなんていうのは、これは愚かなことで、
そういう医者はもう本当の意味で一人前の医者ではないと思う。
誰がやってもできるようなことにも、なお祈りを込めて、百やれば百、絶対に間違いを起こさん
という、これが真の名人だ、と。
私もそうだと思います。
新聞、雑誌などをみてると、世の中の人は悪人ばかりのような気がするが、
にも拘わらず、世の中が何となしに前へ行っているのは、案外、世間でいうほどは悪人ばかりでなく、
いい人が多いということじゃないかと思ったりしています。普通、みえないところで、
いいことをしている人が多いのですね。
だから、社会はいわゆる有名人に支えられておるよりも、むしろ無名のそういう人たちに
支えられておるのではないでしょうか。

「日本一」と言われるような外科医が執刀する瞬間、祈るんですね。
最善を尽くすのは当たり前、誰にでも出来るような手術でも、
なお祈りを込めて、絶対に間違いを起さないという。
これが真の名人なのですね!






2.運気を上げるための四つのポイント 佐々木洋 花巻東高校野球部監督

私はずっと「おまえは運がいい、運がいい」と言われ続けているんですね。
「菊池雄星を獲得できて運がいい」とか「棚ボタで選抜に出て準優勝した」とか言われてですね、
前は「俺だって努力しているんだ」とムッとしていました。
でも最近、運というのは、運をつかむために自らをコントロールしている人のもとにしか
来ないんだなと分かって、素直に喜べるようになりました。

では自分の何をコントロールしているかというと、一つは言葉です。
二つ目は一緒にいる人。親は選べませんが、友人は選べますよね。
あるいは自分の意思で誰にでも会いに行って刺激を受けることができるわけです。
三つ目が表情、態度、姿勢、身だしなみ。
二つ目にも通じますが、チャラチャラした格好をしている子はやはりそういう友達と一緒にいます。
また野球でも逆転されてシュンとしたり、点を入れて大騒ぎしているチームには
あまり脅威を感じないんですね。逆に負けている時に笑顔でファイティングポーズとかが出る
チームって怖いなと思う。特に監督が不安になったりすると一瞬でチーム全体に伝染しますから、
表情、態度のコントロールは常に心掛けています。
そして最後はやっぱり感謝と謙虚さですね。とにかく敵をつくらず、味方をつくることが
運を呼び込んでくると思います。

例えば、うちのチームは宿泊したホテルから帰る時はすごくきれいに掃除させるんです。
甲子園の時もホテルの方が、
「花巻東の使った後はベッドメイクが要らないくらいきれいにしてくれた」
と喜ばれまして、ホテルの人たちが球場までわざわざ応援に来てくれたりしたんです。
彼(菊池)は例えばゴミが落ちているのを見ると「神様が自分を試している」と思うと
話していました。そうやって、いつも神様が自分を見ていると思っているんです。
それから私が前にうちの選手たちに、「成功している会社の社長さんの家を探っていったら
一つだけ共通項があって、どの家もトイレの蓋が閉まっていたらしい」
と話したら、どこに行っても蓋を閉めて回っています。
態度が横柄だったり、悪口ばっかり言っているチームは人がどんどん遠ざかっていきます。
謙虚にしていると味方が増え、その人たちに感謝の気持ちを伝えると、
さらに応援してくれるようになる。
何をやってもツイている人と、何をやっても空回りする人の差はこの四つではないかと思っています。





運には色々ありますが、「人の運」が一番大切ではないでしょうか。
「人生はどのような人と出逢うかで決まる」と言われています。
佐々木監督の実体験に基づいた、運気が上がるポイントは四つですが、
それらのベースはやはり「感謝」と「謙虚」でした。




3.「信用」は使ってはならない 黒田暲之助 コクヨ会長

人の信を得るということ、つまり信用を築き上げるということは
一朝一夕にできないことは皆さんよくご存じです。
創業して間もない企業や中小企業は、何とかして信用のある企業といわれるように
なりたいと、トップから一般社員まで大変な努力を続けておられると思います。
こうして真剣な努力を続けているとその成果が上がってきて、
信用のある会社だといわれるようになります。

問題はその後です。ある程度信用ができてくると、それを使い始める。
会社や社員の姿勢がだんだん高くなってくるわけです。
つまり「君、それくらいのことは何とかできんのか」ということで、
無理を言うことが起こってくる。こちらが無理を言わなくても、先方から
「支払いはそんな早くしてもらわなくても」と言ってくれるようになる。
納期が多少無理でも、徹夜してでも間に合わせてくれるようになる。
しかしそれに甘えて信用を使い出すと、長い年月をかけ、血のにじむような
努力によって蓄積してきた信用が取り崩されてしまう。
先代はこのことを戒めて、次のように言いました。
「信用は世間からもらった切符や。十枚あっても、一枚使えば九枚になり、
また一枚使えば八枚、といった具合に減ってしまう。気を許すと、あっという間に
信用がなくなってしまう。特に、“上が行えば下これを習う”で、
上に立つ者ほど注意しなければいけない」と。
金は使ったら減るのは分かるが、信用というのは目に見えないだけに
減ることが分からない。

先代はさらに、
「信用は使ってはならない、使わなければどんどん増えていく」
とも言っていました。
使えば減るというのは当たり前のことなのにできない。
事業をやるからにはどなたも最初は分かっていると思います。
要はそれを続けるかどうかです。
創業者の時代は見事にできていたものが、年を経てくると信用よりも
銭金のほうが大事、あるいは建物が立派なほうが大事、という具合に
価値そのものが変わってくる。
幸せなことに私どもは大事なことが変わらなかった。何も人さまの前へ出て
話すようなことではないんです。もう本当に三度三度のおまんま食べるぐらいの
当たり前のことばっかりなんですが、当たり前のことがなかなか続かないんですね。



信用は使ってはならない」使えば減ってしまい、気を許すとあっという間に信用が無くなってしまう。
お金は使えば減るのは分かるが、信用は目に見えないだけに減る事が分からない。
「信用を使わない」ことを心に刻み込みたいと思います。



『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
藤尾秀昭 監:致知出版社より

「愛語」道元禅師 到知出版社「人間メルマガ」より

21.09.27

愛に満ちた言葉はその人の人生を大きく変える。
このことを道元禅師は「愛語」の二字で表現しました。
仏教の教えを分かりやすい言葉で説くことで定評がある曹洞宗長徳寺住職の酒井大岳さんに、
地元、群馬県吾妻郡の高校で書道講師をしていた若かりし時の逸話を交えながら、
「愛語」の力についてお話しいただきます。

※右手を失った少女と園長先生との約束 酒井大岳

ある書道の時間のことです。教壇から見ていると、筆の持ち方がおかしい女子生徒がいました。
傍に寄って「その持ち方は違うよ」と言おうとした私は咄嗟にその言葉を呑み込みました。
彼女の右手は義手だったのです。
「大変だろうけど頑張ってね」と自然に言葉を変えた私に
「はい、ありがとうございます」と明るく爽やかな答えを返してくれました。
彼女は湯島今日子(仮名)といいます。
ハンディがあることを感じさせないくらい勉強もスポーツも掃除も見事にこなす子でした。
もちろん、書道の腕前もなかなかのものでした。

3年生の時の運動会で、彼女は皆と一緒にダンスに出場していました。
1メートルほどの青い布を左右の手に巧みに持ち替えながら、音楽に合わせて踊る姿に
感動を抑えられなかった私は、彼女に手紙を書きました。

「今日のダンスは一際見事だった。校長先生もいたく感動していた。私たちが知らないところで
どんな苦労があったのか、あの布捌きの秘密を私たちに教えてほしい」という内容です。

4日後、彼女から便箋17枚にも及ぶ手紙が届きました。
ダンスの布については義手の親指と人差し指の間に両面テープを貼って持ち替えていたとのことで、
「先生のところまでは届かなかったかもしれませんが、テープから布が離れる時、
ジュッという音がしていました。その音は私にしか聞こえない寂しい音です」と書かれてありました。

「寂しい音」

この言葉に私は心の奥に秘めた人には言えない彼女の苦しみを見た思いがしました。

17枚の便箋に書かれてあったのはそれだけではありません。
そこには生まれてから今日まで彼女が生きてきた道が綿々と綴られていました。

* * * * *

彼女が右手を失ったのは3歳の時でした。
家族が目を離した隙に囲炉裏に落ちて手が焼けてしまったのです。
切断手術をする度に腕が短くなり、最後には肘と肩の中間の位置くらいから義手を
取り付けなくてはならなくなりました。

彼女は、小学校入学までの3年間、事故や病気で体が不自由になった子供たちの施設に
預けられることになりました。
「友達と仲良くするんだよ」と言って去った両親の後ろ姿をニコニコと笑顔で見送った後、
施設の中で3日間泣き通したといいます。
しかし、それ以降は一度も泣くことなく、仲間とともに3年間を過ごすのです。

そして、いよいよ施設を出る時、
庭の隅にある大きな銀杏の木にぽっかり空いた洞の中で、園長先生が彼女を膝に乗せて
このような話をされました。

「今日子ちゃんがここに来てからもう3年になるね。
明日家に帰るけども、帰ってから少しすると今度は小学校に入学する。
でも、今日子ちゃんは3年もここに来ていたから、知らないお友達ばかりだと思うの。
そうすると、同じ年の子供たちが周りに集まってきて、
今日子ちゃんの手は一つしかないの?
なにその手?
と不思議がるかもしれない。

だけど、その時に怒ったり泣いたり隠れたりしては駄目。
その時は辛いだろうけど笑顔でお手々を見せてあげてちょうだい。
そして『小さい時に火傷してしまったの。お父ちゃんは私を抱っこしてねんねする時、
この短い手を丸ちゃん可愛い、丸ちゃん可愛いとなでてくれるの』と話しなさい。いい?」

彼女が「はい」と元気な明るい返事をすると、
園長先生は、彼女をぎゅっと抱きしめて声をころして泣きました。
彼女も園長先生の大きな懐に飛び込んで3年ぶりに声を限りに泣いたそうです。

故郷に帰って小学校に入った彼女を待っていたのは、案の定「その手、気持ち悪い」
という子供たちの反応でした。
しかし彼女は、園長先生との約束どおり、
腕を見せては「これは丸ちゃんという名前なの」と明るく笑いました。
すると皆うつむき、それから誰もいじめる子はいなくなったといいます。

* * * * *

私が教室で愛語について話した時、
彼女は「酒井先生は愛語という言葉があると黒板に書いて教えてくれたけど、
園長先生が私にしてくれたお話がまさに愛語だったのだと思います」
と感想を語ってくれました。

彼女はその後、大学を出て
「辛い思いをしている子供たちのために一生を捧げたい」
と千葉県にある肢体不自由児の施設に就職。
いまでも時々、写真や手紙などを送ってくれています。

この湯島今日子さんの話をとおして私は思うことがあります。
それは愛語とは決して優しく温かい言葉だけではないということです。
「怒ったり泣いたり隠れたりしてはいけません」
「義手をはずして腕を見せなさい」という園長先生の言葉は
彼女にとってどれほど酷で、苦しいものだったか。
想像するにあまりあります。

しかし、彼女はこの言葉に誰よりも深い愛情を感じとり、
その苦しみを明るく乗り越えていったのです。
園長先生もまた、幸せを思う一心で、あえて厳しい言葉を
6歳の彼女に伝えたのだと思うのです。

私は優しい愛語を「春風心」
厳しい愛語を「秋霜心」と呼んでいます。
秋の霜と聞くだけで身が締まるのを感じますが、それだけにその言葉は
私たちを強く見覚めさせ、変えていく力があります。
その時は「ちくしょう」と思っても長い時間が経過した後で
「あの時のあの一語がなかったら、いまの自分はなかった」と感謝せざるを得ない。
そういう体験をした人も多いことでしょう。

「父は打ち母は抱くの親ごころ」

かつて読んだ仏教書にあった言葉ですが、噛みしめるほど味わい深いものがあります。

『月刊「致知」10月号「道元禅師の愛語の心に学ぶ」から一部抜粋したものです』


「吉田文和人間力研究所」の言葉の中から私が撰ばせて頂いた
「人生庭訓」の中に次の言葉があります。

その一言が人を殺し、また人を活かす
今日、自分は何人の人を殺したか
今日、自分は何人の人を活かしたか


「愛語」でもって人を活かしたいですね!



1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 3月度

21.08.05

コロナ禍が際限なく続く中、京都大学大学院の教授で、
元内閣官房参与の藤井聡さんと、
元厚労省医系技官の木村盛世さんの共著

コロナでばれた「日本」
テレビ・専門家・医師会・分科会を徹底批判した
『ゼロコロナという病』
と、

コロナワクチンに関する日本政府の公式文書だけを
出典として解説された
「ワクチンどうする?迷っているパパさんと
ママさん達へ」

ご紹介して、コロナ関連の情報をお伝えするのを
一段落させていただきます。



1.一番よい会社の条件
柳井正 ファーストリテイリング会長兼社長

ドラッカーは企業経営の本質というものを、こんな言葉で表現しています。
「企業の目的として有効な定義は一つしかない。すなわち、顧客の創造で
ある」
ビジネスをやるというのは、結局そういうことですよね。お客様が
いない限り、ビジネスは成立しない、という当たり前のこと。
近頃、会社は誰のものかということが論じられ、株主のものとか、
社員のものとかよく言われるんですが、「お客様のもの」ですよね。
お客様に奉仕する集団が会社であり、それをいかにうまく経営して
収益を上げるかという競争をしている。ドラッカーはそういう、
会社というものの本質を見抜いたんじゃないですか。
でもほとんどの場合、表面的なことばかりとらわれていて、会社は
何のためにあって、そこで仕事をする人は何をしないといけないのかを
掴まずに仕事をしている人や、会社自体が存在する。
僕が考える一番いい会社とは、末端の社員でも自分がトップの経営者だと
思っている会社。自分が全部のことを決められるし、この会社を支えている、
あるいはコントロールしていると思える社員がたくさんいる会社です。
それが、大会社になってくると、会社に使われるようになるんですね。
自分が会社を使うんじゃなく、会社に使われる。そして自分が下っ端だと
思った瞬間にダメになる。

我われの会社でいえば、部長級や課長級がそうなんですが、自分の立ち位置に
とらわれ過ぎ。それぞれの人が自分の立ち位置で物事を考えるから、ごく限られた
範囲内でしか物事が見えない。そして全部見えていなくて失敗している。
ですから一度、自分もトップの経営者だと思って、上からいまの仕事を見直したら、
すごくよくなるように思います。

結局、サラリーマン意識じゃダメなんですよ。自分は会社という場所に、
「自営業」をするために来ている。自分は給料を貰っている立場だとかじゃなしに、
自分が会社を食わせてる、というふうに思わないといけないと思います。
仕事が面白いと思うためには、自分がそこに本当に懸けないと、絶対に
そうは思えない。中途半端な気持ちでやっていたら、面白くも
何ともないですよね。




医療をビジネスの視点で考える時、
医療保険制度にドップリ浸かった対症療法だけの現在の医療が「顧客の創造」に繋がるとはとても考えられません。
内閣府のHPに記載されている「ムーンショット計画」の目標に
「2050年までに、人が身体・脳・空間・時間の制約から解放された社会を実現」という項目があります。
そのビジョンの中にあります。
「100歳まで健康不安なく。人生を楽しめる社会の実現」
に対応できるシステムを構築することが、医療ビジネスにおける「顧客の創造」に繋がるのではないでしょうか?




積極的プラス思考型人間になれ
国分秀男 東北福祉大学特任教授・元古川商業高等学校女子バレーボール部監督

合計七十七回全国大会に出場して、十二回全国制覇(全国私学大会含む)しました。
しかし、それは裏を返せば優勝したのは十二回だけで、あとの六十五回は全部負けた
とも言えます。
勝てば勝ったで、好むと好まざるとに拘わらず敵が増え、いいようもない
わびしさや、孤独感と戦わなければなりません。
人は成功した部分だけを見て他人を羨んだりしますが、その陰には何十倍、
何百倍もの苦しみがあるものです。
長い人生、誰もが苦しい場面に遭遇する時があります。
しかし、それをどう受け止めるかが大事です。

これまでたくさんの人を見てきましたが、概ね三つのタイプに分かれると思います。
一つは苦しくなると「もうダメだ、無理だ」と思う「絶望諦め型」
二つ目は「嫌だけど、しょうがないからやるか」という「消極的納得型」
そして三つ目は「この苦しみが俺を磨いてくれる。これを乗り越えれば一つ賢くなれる」
という「積極的プラス思考型」

結局、歴史に名を残すような偉人や成功者は、三番目の人間からしか生まれません。
一、二、三のどのタイプの人間になるかは考え方一つです。
お金がかかるわけじゃない、努力がいるわけでもない。
時間もかからない。物事の見方をちょっと変えるだけでいい。
しかし、人はなかなかその考え方を変えることができません。
だから偉人の話を聞き、良書を読むのです。
過去に事を成し遂げた人たちがどうやって困難を乗り越えてきたか、
それに触れることで考え方を変えることができると思います。
私は辛い時はいつも「俺よりももっと苦しい目に遭って頑張った人が
いたじゃないか。あの人ができたんだから、俺だって乗り越えられる」
と言い聞かせ、夢に食らいついてきました。
この世で我慢の時なくして夢を実現した人は一人もいません。
夢を追うなら、わが身に降りかかるすべてを積極的プラス思考で受け止め、
簡単に諦めないこと。それが人生を開発していく基本ではないかと思います。




「積極的プラス思考型」の人間になるためには
「艱難辛苦は汝を珠にす」は西洋のことわざ「逆境が人を作る」を和訳したものらしいですが、
世の東西を問わず、人は多くの難儀なこと辛いことを経験しなければ立派な人にはなれないみたいです。
高名な教育者、森信三先生も、
「甘えようにも甘えることが出来ないような酷烈な境遇に放り込まれることが、
人間が真に確立するためには絶対に必要だ」と言われてます。



最大の危機は、低過ぎる目標を達成すること
鍵山 秀三郎 日本を美しくする会相談役

人生にも仕事にも問題はつきものです。会社も国も世界も、実に
たくさんの問題が日々発生しております。
そこで勘違いしやすいのが、あんな問題が起こったから自分は
こうなってしまった、というふうに問題のせいにすることです。
これは大きな見当違いで、問題が起きたことは問題ではないのです。
それにどう対処するか、それによって皆さんの仕事も、人生も
変わっていくのです。問題によって人生がダメになるということは
ありません。すべて対処の仕方です。
もちろん、そこで失敗することもあるでしょうが、失敗することは
問題ではありません。私など失敗だらけです。しかし失敗から
すべて学んできました。ですから、失敗がすべて次の成功への
エネルギーになったのです。失敗を恐れて何もしないことのほうが
よほどいけない。

ミケランジェロは、
「最大の危機は、目標が高過ぎて達成できないことではない。
目標が低過ぎて、その低い目標を達成してしまうことだ」
と述べています。
まさにその通りでございまして、皆さん方にはぜひ、自分の手に
余るくらいの大きな目標を設定して挑戦していただきたく
思います。もちろん目標が大きければ大きいほど、大きな壁が
立ちはだかるものです。時には、とても自分には乗り越えられないと
思うこともあるかもしれませんが、乗り越える必要はないんです。
そこに穴を開けてくぐり抜けていけばいいのです。

イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは、
「いかなる教育も、逆境から学べるものには敵わない」
と言っています。では、逆境に遭うことがすべてかといえば、
そうではありません。日頃から様々なことを通じて学んで
いるからこそ、逆境から学べるのであって、何の備えも
ない人が逆境に遭うと、そこで潰れてしまいます。
やはり、大事なことは、日々いろんな人や書物から学んで、
それを自分の血肉にしていくことだと思います。


『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
藤尾秀昭 監 致知出版社 より



・問題が起きたことが問題ではなく、対処の仕方がすべて。
・失敗することが問題ではなく、何もしないことが問題。
・最大の危機は低い目標を達成してしまうこと。
・いかなる教育も逆境から学べるものには敵わない。
・大事なことは、日々いろいろな人や書物から学んで自分の血肉にしていくこと。



月刊「致知」巻頭の言葉 7月号より

21.07.02

2年目に突入したコロナインフォデミックの中、メディアの偏った情報に惑わされることなく、
強い知性を持ち続ける困難さを感じる日々が続く中で、
私の心に強く響いた、JFEホールディングス名誉顧問數土(すど)文夫(ふみお)様の「巻頭の言葉」を
ご紹介させて頂きます。



四維張らざれば 国すなわち滅亡す 「史記」管晏列伝




※旺盛なエネルギーを失った日本人

この頃、日本人から旺盛なエネルギーが感じられなくなったことに、私は強い危機感を抱いています。
それは必ずしも、長引くコロナ禍のせいばかりとも思えません。
「ジャパン アズ ナンバーワン」で知られる社会学者エズラ・ヴォーゲルは、敗戦から僅かな期間で
奇跡的な復興を果たし、世界第二位の経済大国に上り詰めた日本を研究し、勤勉で忠誠心が高いこと、
好学心に富み学習意欲が高いこと、算数や理科が得意であることなどの特徴を紹介しました。
同書が出版されたのは、いまから四十年以上前。
躍進を続ける日本のよさを分析し、自国アメリカに教訓をもたらそうと考えたヴォーゲルの姿勢には
感服させられます。



※民の安定こそ国家繁栄の礎と考えた管仲

さらに時代を遡り、先賢の英知に照らして現状打開のヒントを探ってみましょう


いまから二千五百年以上前の中国春秋時代、斉の桓公に仕え、四十年以上にわたり宰相の任を務め、
弱小であった同国を中原の覇者へと導いたのが管仲(管子)です。

列強が覇を競い合っていた当時は、民衆から可能な限り搾取し、軍備の充実を図るのが常識でした。
これに対して管仲は、民の生活を充実させることこそが国の繁栄につ繋がると考え、経済重視策、
まさに「経世済民」を実践し、見事にその理想を実現したのです。

古代中国の思想家たちが対象としたのは支配階級であり、一般大衆は彼らの思慮の対象外でした。
管仲がそうした高邁で抽象的な思想家たちと大きく異なるのは、国家最高の実務家でありながら、
民の安定こそ国の発展の礎(いしずえ)と考えていたことです。政治家として破格の人物であった所似です。


※組織や個人の支えとなる四本の綱

しかし、管仲は単に経済政策ばかりに没頭し、それを政治の目標としていたわけではありません。
これらはあくまで手段で、目的はそれによって倫理・道徳意識の高い国家・世界を構築することでした。
管仲は、次のように説いています。

「国に四維あり。一維絶ゆれば則(すなわ)ち傾き
二維絶ゆれば則ち危うく、三維絶ゆれば則ち覆り、
四維絶ゆれば則ち滅ぶ」
「何を四維と謂う。一に曰(いわ)く礼、二に曰(いわ)く義、三に曰(いわ)く廉、四に曰(いわ)く恥」
(『管子』牧民編)

四維とは国を四方から引っ張って支える四本の綱であり、これを失えば国が滅ぶと説いています。
そして礼・義・廉・恥の四本の綱について次のように解説しています。

第一の礼は、
節度を守ること。富や権力を独占し、貧者に思いを致さなければこれを失います。

第二の義は、
自己宣伝をしないこと。「義を見てせざるは勇なきなり」ですが、正義を行うことは
当然であり、ことさらに自慢する事ではないのです。

第三の廉は、
自分の過ちを隠さないこと。企業も自社の不正を隠すようでは先がありません。

第四の恥は、
他人の悪事に引きずられないこと。
コロナ補助金の不正受給や、検事と新聞記者による賭博事件、振り込め詐欺などは、
まさしくその典型例といえます。

日本の安岡正篤師も戦後の指導者に対して強く訴えています。
名だたる先賢たちが、国家(組織)の繁栄には忠孝よりも四維がより重要であると
説いていることは刮目(かつもく)に値します。


そして国家ばかりではなく、地域も企業も個人も、四維の有無が盛衰を決めることを
心に刻まなければなりません。人類はいま、格差の拡大や気候変動など、世界の存亡に関わる
諸問題に直面しています。その一方で、AIやロボットなど、人知を越えるスピードで進化し続ける
科学技術に翻弄されています。盛衰の岐路に立ついまこそ、私たちは礼・義・廉・恥に代表される
人間の倫理・道徳に立ち返ることが重要であると私は考えます。
月刊「致知」7月号より

「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業と投資家のみならず、
国民に正しい情報を伝える勇気もなく、
ただ保身に走る政府と地方自治体のトップとそれを支える官僚。
そして、それらを戒めるどころか、偏った情報だけを発信して、
さらにコロナ禍を煽るメディアと、それらに結託した学者など、
「悪魔に魂を売った」勢力に操られて、世界を滅亡させない為に、
數土文夫様の言葉

※国家ばかりではなく、地域も企業も個人も、
四維の有無が盛衰を決めることを
心に刻まなければなりません。


事実はなぜ人の意見を変えられないのか「メルマガ月刊三橋」より

21.06.09

この本は、イギリスの神経学者ターリ・シャーロットによって出版された本です。

本の帯書きには

脳科学が解き明かす人の動かし方の極意
人はいかにして他人に影響を与え、他人から影響を受けているのか。
名門大学の認知神経科学者が教える、とっておきの人の動かし方。

タイムズ・フォーブスほか、多数のメディアで年間ベストブックにノミネート。
イギリス心理学会賞受賞。





なぜこの本を紹介したのか?
それは、この本に書かれている認知神経科学の研究結果が、あなたが常に抱いている
疑問を解消できると思ったからです。

◆------------------------------------------------------------------------◆
つまり、なぜ、三橋貴明氏や藤井聡先生らが、
データに基づいた正しい情報を発信しても、
世の中の間違った考えを改めることができないのか・・・
◆------------------------------------------------------------------------◆

というモヤモヤとした疑問を解消する手助けになると思ったからです。

上記の本では、
「客観的な事実や数字は、他人の考えを変える武器にはならない」
という認知神経学の研究結果が紹介されています。

つまり、私たちは
「事実に基づく正しい情報さえ発信していれば、世の中の誤りを改める事ができる・・・」
と思っているのに対し、
「現実はそう簡単には行かない」ようなのです。

この事実は、あなたを戸惑わせるかもしれません。
なぜなら、あなた自身は、
「事実に基づいた理論的に考えた結果、国の借金といった間違った考えから抜け出し、
正しい考えを手にした」
経験を持たれているからです。

しかし、どうやら、そのようなことができるのは、
強い知性を持つ一部の方のみのようです。

なぜなら、一般的に人間の認知機能には、
強いバイアスがかかっており、正しい情報に触れたとしても、素直にそれを受け入れる
ことができない傾向にあるからです。ときには非常に賢い方でさえ、このアドバイスに
囚われることがあります。

私もそのように感じることが
多々ありましたので、早速読ませていただきました。




本の内容は、「はじめに」に始まり、
1.事実で人を説得できるか?(事前の信念)
・データでは力不足 ・賛成意見しか見えない
・グーグルはいつもあなたの味方・賢い人ほど情報を歪める
・なぜこうなってしまったのか・投資と信念・新しい種をまこう

2.ルナティックな計画を承認させるには(感情)
・同期する脳・感情という名の指揮者・カップリング
・気持ちを一つに・インターネットの扁桃体・あなたの心は唯一無二

3.快楽で動かし、恐怖で凍りつかせる(インセンティブ)
・手洗いと電光掲示板・二人の主権者・接近の法則と回避の法則
・進むべきか、止まるべきか・期待が行動を導く・「死んだふり」
・いますぐちょうだい・未来はあてにならない・脳の自動早送り機能

4.権限を与えて人を動かす(主体性)
・恐怖VS事実・コントロールを奪われて・納税はなぜ苦痛なのか?
・「選ぶこと」を選ぶ・選択の代価・健康で幸福な老人
・自分で刈った芝生は青い

5.相手が本当にしりがっていること(好奇心)
・ギャップを埋める・情報は気持ちいい・良い知らせ、悪い知らせ
・知らぬが仏?・頭の中の巨大な計算機・知らずにいることの代償
・エゴサーチが怖い

6.ストレスは判断にどんな影響を与えるか?(心の状態)
・プレッシャーが招く悲観主義・弱小チームはなぜ安全策をとるのか?
・リスクの冒し方・扁桃体を手なづける・晴れの日とギャンブル

7.赤ちゃんはスマホがお好き(他人 その1)
・生まれた日から始まる社会的学習・シンク・ディファレント?
・メルローを注文した奴がいたら俺は帰る!・アマゾンレビューを操作する
・他人の意見と記憶の改変・最初に飛び込むのは誰?・心の理論

8.「みんなの意見」は本当にすごい?(他人 その2)
・多いほど正しくなる・人間体温計・わが道を行くことの難しさ
・個人の中の賢い群衆・雪だるま式に膨らむバイアス
・平等バイアスにご用心・びっくりするほど人気の票

9.影響力の未来
・二つの脳をつなぐワイヤ・私の思いがあなたを動かす
・私は私の脳である

人間は情報に対して公平な対応をするようには作られてない。
数字や統計は真実を明らかにするうえで必要な素晴らしい道具だが、
人の信念を変えるには不十分だし、行動を促す力はほぼ皆無と言っていい。

このように、人間は事実と無関係に、自分が直観的にイメージしやすい考えに
引張られてしまう傾向があるのです。


たしかに「国の借金」というのは
我々の身近な「家計の借金」と重ね合わせ、イメージしやすいために、
人々に信じ込まれているのかもしれません。
「メルマガ月刊三橋」より


この「国の借金」を「コロナ渦」置きかえて冷静に2019年と2020年の
死者の数の比較、また死因別の比較等を分析してみますと、メディアの偏った情報とは
違う側面が見えてくるかも知れません。

最後に本書の帯書きの裏面の言葉をお読み下さい。

「銃規制などの議論を呼ぶ話題では、明らかな事実を提示することは、かえって逆効果に
なるという。本書が指摘するとおり、頭脳が優れている人ほど、自説に合わない情報を
自分の都合よく解釈してしまうからだ」
(ニューヨーク・タイムズ)

「他人を説得するための優れた方法だと思っていたものは、いまや間違いであることが
明らかになった。その誤りを正し、役に立つ助言を詰め込んだ本書は、あなたの人生すら
変えてくれるかもしれない」
(キャス・サンスティーン「実践行動経済学」著者)

コロナ疲れの正体 暴走するポリコレ

21.05.10

『昨年から始まった「コロナ騒動」。第二波、第三波、そしてこの度の第四波と
新型コロナウィルスの感染拡大の波が訪れる度に、そうした騒ぎを扇動したのが
「コロナは怖い自粛しろ」という意見が政治的に正しい、すなわち
「ポリティカル・コレクトネス」(ポリコレ)だという強固な認識だった。
しかしそれはあくまでもタテマエであり、コロナ騒動を繰り返す内に、
世間の人々のホンネはコロナは当初危惧したほどに恐ろしいものではない
というものに徐々に変遷していった。つまり人々はコロナに「慣れて」いった
のである。
結果、コロナを巡るホンネはタテマエと大きく乖離し、それに伴い人々の間に
「コロナ疲れ」が蔓延するに至った。そのコロナ疲れはもちろん精神的なもので
あると同時に、社会的・経済的疲弊を意味するものでもあった。
私たちはこの急激に肥大化しつつある「コロナ疲れ」に適切に対処することが
出来るだろうか?
是非、本特集を通して読者各位に、その方途をご吟味いただきたい。』
表現者クライテリオン編集長 藤井聡

表現者クライテリオン より



本害の「特集対談」小林よしのり×藤井聡
コロナ自粛「腰抜け」論に抗え!
この1年の「コロナ」騒ぎは何だったのか。
わが国ではインフルエンザより毒性が弱いという。
幻の恐怖に怯える日本人は世界で戦えない。


対談の項目だけご紹介させて頂きます。

・コロナは公衆衛生上「望ましい」ウィルスなのではないか?
・恐怖に怯えきったコロナ脳は、戦前の「一億総玉砕」精神と同じ。
・マスコミも言論人も政治家も皆「腰抜け」だからポリコレが暴走している。
・世界一の日本のコロナ全体主義レベル。 それを導いた「似非科学者」の罪は重大
・コロナ自粛論は、欧米の猿真似である。
・日本人よ、これがバカでなければバカという言葉を国語辞典から削れ!
・尾身氏は自粛の不条理を知りながら、自粛を支持し続ける「腰抜け」である。
・高齢者を守るためには、若者から羅患していくことは重要である。
・自粛が若者の人生を奪い、日本を破壊している。

これらの項目をテーマとしたお二人の対談を読まれれば、マスコミの傾った報道で
扇動された「ポリコレ」によって蔓延する「コロナ疲れ」の特効薬となるかも知れません。






ウィスコシン医科大学名誉教授の高橋徳先生の
コロナワクチンについて書かれた小冊子の中の
マスク不要!ワクチン反対!PCR検査否定!
現役医師たちの真実の言葉

を紹介させて頂きます。

・メディアが恐怖を異常に煽っている。
一年以内のワクチン開発などありえない。
新型コロナウイルスは人工的に作られたのでは
ないかと思われるフシがいっぱいある。
大村智博士-ノーベル医学賞(月刊致知)

・コロナによる被害は、ウイルスによる病気や死亡よりも、
特に子ども達の精神に対する害が最も大きい。
子どものマスクの着用により、身体、行動、学習、情緒の
すべてにわたって非常に多彩な障害(副作用)を認めました。
本間真二郎医師

・PCRは諸悪の根源。コロナは人災である。指定感染症から外すか5類へ。
コロナは分子構造、免疫特性、臨床症状まで非常に詳しく分かり
既知のウイルスになった。
・インフルエンザワクチンとコロナワクチンは決定的に違う。
打つ必要無し。遺伝子改変と同じ医療行為で10年20年経たないと
わからない。1回打ったら元に戻せないワクチン。
生涯にわたり自己免疫疾患的な副作用を持つ可能性あり。
井上正康名誉教授-大阪市立大学

・マスクは新型コロナに対抗するための免疫力を低下させます。
免疫力の源泉が呼吸にあるからです。マスクをすればするほど
免疫力を低下させて自分を新型コロナに感染しやすくしている。
帯津良一医師(週刊朝日)



本書のあとがきには
「人間は考える葦である」17世紀フランスの科学者であり哲学者であるパスカルが
「パンセ」に記した言葉である。
悠久の歴史の中の一部を共有し、今を生きる私達一人一人は、実にちっぽけな存在で
あるが、思考は大自然を包み込む宇宙をも捉えることが出来る力を有している。
しかし、それは一本の葦でしかない。一般的にマスクは風邪気味などの症状を自覚し、
自らの判断で着用するものであったが、現在においては、報道機関の発達した国の
ほとんどの人間が着用する必需品と化しているではないか。新型コロナウィルスの
報道に政治も連動し、行動統制が始まり夏が過ぎ冬に向かおうとする今も、
出口は一向に見つからない。その事態を世界中に広げているのがPCR陽性者の存在だ。
この状況をいったいどう考えるべきなのか。

考える葦の目的、思考の先にあるものは「未来」に他ならない。
この一冊の本が人類を救う「一本の葦」であるよう、
この一冊の本が人類を創る「一本の葦」であるよう、
重たい扉を開く鍵となるよう、
多くの「一本の葦」に届くよう、
本書は万感の想いを込めて発刊されるものである。

本書の売上の一部は「新型コロナウィルスを考える会」の
活動資金の一部として活用されます。
新型コロナウィルスを考える会・事務局長
池田利恵(日野市議会議員)




大阪市立大学名誉教授/分子病態学の井上正康先生のご著書
「コロナワクチン幻想を切る」の冒頭の坂の上プロデューサーとの
対談では、
井上:現在、専門家を含めて「PCR陽性=感染者」という誤解が横行し、
感染力の無いコロナ遺伝子の破壊断片で多数の偽陽性者を出しています。
PCR陽性と感染はまったく別の次元なのに、陽性者を感染者とすりかえて
いることが日本の人災的被害の重要な原因です。
坂の上:陽性になったからといって感染者ではないと、先生はおっしゃる
わけですね。
井上:そうです。皮膚やスマホに埃や大腸菌がくっついているのと
変わりません。
坂の上:ぜひ今の先生のご見解を、日本の航空会社と各国政府に教えて
あげたいと思います。

と述べられてみえます。
皆様、傾ったマスコミ報道に惑わされることなく、冷静に情報を吟味して
ご自身で判断される事を切に願っております。

1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 2月度

21.03.05

それぞれの人にそれぞれのドラマがあり、熱い言葉があった

◦自らの歩みを一篇の詩のような言葉で語る人、
◦深い人生の哲理をやさしい言葉で語る人、
◦物語のような人生をひたむきに生きた人、
◦悲しみの底に光るものを見つけた人、
◦仕事を通じて人生の秘訣、普遍の真理をつかんだ人、
◦人との出会いで運命を大きく変えた人、
◦与えられた環境の中で運命を呪わず精一杯、力一杯、命一杯生きた人、

-道を真剣に生きた人々が語る言葉は、一様にいぶし銀のような
光沢を放ち、色とりどりであった。 -----あとがきより-----







1.松井秀喜の才能を花開かせたもの 山下 智茂 星稜高等学校副校長・野球部監督


高校時代の松井秀喜選手のことで今でも忘れられないのが、
入学した日、「おめでとう」と言って握手した時のことです。手が象の皮膚のように
硬くひび割れていたのです。ちょっとやそっとの素振りではああはなりません。
こいつ、どんだけ練習してんのや、とこっちが驚くほどでした。
才能もあったけど、才能を生かすための努力を怠りませんでした。
それにご両親もしっかりした方々で、三年間で松井の両親と話したのは
三回しかないんです。
まず入学に際して「よろしくお願いします。」
ドラフトの時、「先生、相談に乗ってやってください。」
そして卒業の時、「三年間どうもありがとうございました。」の三回です。
野球部の中には「監督さん、なぜうちの子を試合で使ってくれないの?
「なんでうちの子ばかり叱られるの?」と言ってこられる親御さんもいますが、
松井の両親は百%息子を信じ、学校を信じてくださっていたから、
一切口出しはなさいませんでした。

彼は高校時代、電車で一時間かかる街から通っていたのですが、行き帰りで
本を読むように勧めました。最初は野球が上手くなってほしいから
野球の本を読ませていましたが、次第に『宮本武蔵』や『徳川家康』などの
歴史小説を薦め、最後は中国の歴史書とか哲学書を読ませました。
プラトンとか、アリストテレスとか。
本を読めば知識が広がるだけじゃなくて、集中力が高まるんです。
それは打席に立って発揮する集中力に繋がるんですね。
それに彼にはただのホームランバッターではなく、王・長嶋に次ぐ本物のスターに
なってほしかったから、「日本一のバッターを目指すなら心も日本一になれ」と
いつも言っていました。

彼は最後の夏の甲子園で話題になったでしょう。実はあの前年、高校選抜で一緒に
台湾に行ったんです。現地の審判だから当然台湾びいきで、顔の前を通ったような
球もストライクにする。松井は頭にきて、三振するとバットを地面に叩きつけたんです。
その時「おまえは日の丸をつけて来ているんだ。石川代表じゃない。
球界最高のレベルを目指すなら、知徳体の揃った選手になれ」と懇々と話をしました。
彼がいた三年間は甲子園に連続出場できたし、最後の国体では優勝もしました。
スケールの大きな夢を追いかけた楽しい三年間でした。

しっかりとしたご両親の元に、素直で人一倍努力するすぐれた資質を
もって生まれた松井秀喜選手が、名伯楽と出合って、「知・徳・体」と
三拍子揃った選手へと才能を花開かせたのですね、
「一芸に秀でるものは多芸に通ず」という言葉にもあります。




2.よいことの後に悪いことが起こる三つの理由 浅見帆帆子 作家・エッセイスト


最近よく「浅見さんって全然マイナスのことを考えないんですか」と聞かれるのですが、
私も人間なので「こうなったらどうしよう」と思うことはあります。感情がマイナスに振れた時、
プラスに持っていく工夫を自分ですることが大事だと思うんです。
尊敬する人に会いに行くとか、元気になる音楽を聴くとか、好きな映画を見るとか、
何でもいいんです。強運な人は共通してみんな平常心ですが、それはマイナス感情を
抱かないのではなく、自分で自分の心をこまめにケアして、プラスにする努力をしていると思います。
これは本の中にも書いたのですが、いいことが続いた後には必ず悪いことがやってくると
思っている人って結構多いんですよね。でも、運は上がったら下がるというものでは
ありません。もし、いいことの後に悪いことが起こるとしたら、たぶん次の三つの理由ですね。

・次は悪いことが起こるのではないかと自分で思っている(その強い意識が引き寄せている)
・よいことが起こったのは、すべて自分の力だと思って感謝が足りない
・何かを犠牲にして我慢したからこそ、上手くいったと思っている
(そう思い込んでいると、犠牲がなくては上手くいかない人生になる)


高いレベルで生きている人ほど「幸せ感度」が高いんですよね。何でもありがたいと
感じられるからこそ、小さな危険信号にもすぐに気がついて、「これを通して自分に
何かを教えてくれているんだ。こんなに早く気づけてよかった」と思えるんです。
(中略)
私は、「運」に関する本を多く出していますが、その運とは宝くじに当たるとか、
明日白馬に乗った王子様が現れるとか、そういうことではないんですね。
運がよくなるとは、別な言葉で言えば「どんな状況でも幸せを感じられる」という
ことだと思います。一人ひとりがそれぞれの環境で周りの人を幸せにしていくことが、
人間として生まれてきた使命だと思っています。使命は有名人とか選ばれた人だけでは
なく誰もにあるもので、いまのその人の環境ですぐにできることなんですね。
まずはあなたがワクワクと満たされて生きる。その姿を見て、周囲の人が勝手に
「あの人を見ていると自分も頑張ろうと思う」とか「一緒にいると楽しい」と思っていると
したら、それもその人の器でできる立派な社会貢献だと思うんです。社会に大きな影響力を
与える人だけに使命や意味があるのではない。
だから周囲を幸せにしたいと思ったら、まずは自分が幸せに生きること。結果として一人の
人間が幸せになると、そのパワーが家族を幸せにし、地域を幸せにし、
国家を幸せにし、そして世界を幸せにする。すべての発展繁栄は一人から始まる。
私はそう思っています。

皆様は感情がマイナスに振れた時は、どのように対処されていますか?
私は敬愛する人の言葉によって、マイナスのイメージをコントロールする
事が多いです。そして感謝する事の多さを思い起こしながら
「ありがとうございます、ありがとうございます・・・・・」
と何度も口ずさみますと、不思議と気持ちが前向きになってきます。




3.与うるは受くるより幸いなり コシノジュンコ デザイナー



うちの家族は教会に通っていますが、母が最期に遺した言葉は
『聖書』の「与うるは受くるより幸いなり」でした。
母は心筋梗塞で入院して、その後、脳梗塞にもなって言葉が喋れなくなり、
2006年に93歳で亡くなりましたが、病気になる一か月ほど前に雑誌の
インタビューを受けていたの。発売日は聞いていたので、買いに行って
頁を開いてみたら、タイトルは「娘への遺言」。
「与うるは受くるより幸いなり」の言葉を「皆にしてあげたほうが、
もらうよりよっぽどええで」とすごい関西弁で語っていたんです。
それも掲載された写真の母はニコニコ笑っていました。
だから、人に何かをしてあげることは、遠く回って、結局は自分の
ためになる。自分のためにやるのではなく、人のためにやると
最終的には自分に返ってくるよ、ということを母は最期に私に
伝えたかったんだと思います。
実際、いま私のブティックでは、ニューヨークでとてもお世話になった
元国連大使の息子さんの個展を開催しているんです。そうしたら、
その元国連大使の方とお付き合いがあった人たちがたくさん来てくれて、
息子さんの絵を買ってくれたり、私にもいろいろ出逢いがありました。
やはり、母の遺言通りだな、と。

私の好きな言葉に「かきくけこ」というのがありますが、
「か」は「感謝」
「き」は「希望」
「く」は「くよくよするな」
「け」は「健康」
最後の「こ」は「行動」
この五つって、仕事でも人生でも重要じゃないかと思いますね。


自分に起こるすべてに感謝して、
常に夢と希望を忘れずに
反省はしてもくよくよと後悔はせず
心身の健康維持に心掛けて
使命感を持って生きられたら最高ですね!
そのエネルギーの源泉は
「利他の心」
「与うるは受くるより幸いなり」です。



『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
藤尾秀昭 監: 致知出版社 より

1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 1月度

21.01.28

本書の帯書きには
「人間力と仕事力が身につく
仕事ができる人はここが違う」とありますが・・・
何が違うのでしょうか?


当社では
ソーマダインの発売を契機として30年以上に渡って
各種のセミナー・講演会などを開催させていただいております。
しかし、知識やテクニック、そして経験も大切ですが、
治療家に限らずひとつの道を極めるためには、それだけでは
越えられない大きな”何かが”あることに気づかされました。
そして、その何かの一つが「人間力」ではないかと思います。
愛読しております「致知」の今日の言葉でも、多くの方々が
最も大切なのは「人間力」と口を揃えて言われています。

当社でも数年前からお客様の要望もあり「人間力向上」に関する
セミナーを企画し、また私が見聞きした事を「本日の視点」でも
紹介させていただいておりますが、本年度から本書に紹介されている
365人の方々のお話しの中から、私が特に心に響いた「人間力向上」に
つながると思うお話をご紹介させていただきたいと思います。

帯書の裏面には
繰り返し味わいたくなる感動がある。
繰り返し口ずさみたくなる言葉がある・・・とあります。

もっと多くのお話をお知りになりたい方には是非全話をお読みに
なられることを心よりお勧めいたします。




人生で真剣勝負した人の言葉は、詩人の言葉のように光る



1.知恵の蔵をひらく 稲盛和夫 京セラ名誉会長

私は技術者として、また経営者として長く「ものづくり」に携わる中で、
偉大な存在を実感し、敬虔な思いを新たにすることが少なくありませんでした。
大きな叡知に触れた思いがして、それに導かれるように、
様々な新製品開発に成功し、事業を成長発展させ、
さらには充実した人生を歩んできたように思うのです。

このことを、私は次のように考えています。
それは偶然でもなければ、私の才能がもたらした必然でもない。
この宇宙のどこかに、「知恵の蔵(真理の蔵)」ともいうべき場所があって、
私は自分でも気がつかないうちに、その蔵に蓄えられた「叡知」を新しい
発想やひらめきとして、そのつど引き出してきた。
汲めども尽きない「叡知の井戸」、それは宇宙、または神が蔵している
普遍の真理のようなもので、その叡知を授けられたことで、人類は技術を進歩させ
文明を発達させることができた。私自身も又、必死になって研究に打ち込んでいる時に、
その叡知の一端に触れることで、画期的な新材料や新製品を世に送り出すことができた
・・・そのように思えてならないのです。

私は「京都賞」の授賞式のときなどに、世界の知性ともいうべき、
各分野を代表する研究者と接することがあります。その時、彼らが一様に、
画期的な発明発見に至るプロセスで、創造的なひらめき(インスピレーション)を、
あたかも神の啓示のごとく受けた瞬間があることを知り、驚くのです。

彼らが言うには、「創造」の瞬間とは、人知れず努力を重ねている研究生活のさなかに、
ふとした休息を取った瞬間であったり、時には就寝時の夢の中であったりするそうです。
そのような時に、「知恵の蔵」の扉がひらき、ヒントが与えられるというのです。
エジソンが電気通信の分野で、画期的な発明発見を続けることができたのも、
まさに人並外れた凄まじい研鑽を重ねた結果、「知恵の蔵」から人より多く
インスピレーションを授けられたということではなかったでしょうか。
人類に新しい地平をひらいた偉大な先人たちの功績を顧みる時、彼らは「知恵の蔵」
からもたらされた叡知を創造力の源として、神業のごとき高度な技術を我がものとして、
文明を発展させてきたのだと、私には思えてならないのです。


創造的なひらめき(インスピレーション)はどのような時に
知恵の蔵をひらいてくれるのでしょうか?
稲盛さんが言われる「利他」の心があるような気がします。




2.幸田露伴が発見した成功者の法則 渡部昇一 上智大学名誉教授

幸田露伴は人生における運を大切に考えています。
運というと他に依存した安易で卑俗な態度のように思われがちです。
だが、露伴の言う運はそんなものではありません。その逆です。
露伴は人生における成功者と失敗者を観察し、一つの法則を発見します。
露伴は言います。
「大きな成功を遂げた人は、失敗を人のせいにするのではなくじぶんのせいにするという
傾向が強い」
物事が上手くいかなかったり失敗してしまった時、ひとのせいにすれば自分は楽です。
あいつがこうしたかったから上手くいかなかったのだ・・・・・あれがこうなっていなかったから
失敗したのだ・・・・・物事をこのように捉えていれば自分が傷つくことはありません。
悪いのは他であって自分ではないのだから、気楽なものです。
だが、こういう態度では、物事はそこで終わってしまって、そこから得たり
学んだりするものは何もありません。
失敗や不運の因を自分に引き寄せて捉える人は辛い思いをするし、苦しみもします。
しかし同時に、「あれはああではなく、こうすればよかった」という反省の思慮を
持つことにもなります。それが進歩であり前進であり向上というものです。
失敗や不運を自分に引き寄せて考えることを続けた人間と、他のせいにして済ますことを
繰り返してきた人間とでは、かなりの確率で運のよさがだんだん違ってくる、ということです。
露伴はこのことを、運命を引き寄せる二本の紐に譬えて述べています。
一本はザラザラゴツゴツした針金のような紐で、それを引くと掌は切れ、
指は傷つき、血が滲みます。それでも引き続けると、大きな運がやってきます。
だが、手触りが絹のように心地いい紐を引っ張っていると、
引き寄せられてくるのは不運であるというわけです。
幸運不運は気まぐれや偶然のものではありません。
自分のあり方で引き寄せるものなのです。
「失敗をしたら必ず自分のせいにせよ」
露伴の説くシンプルなこのひと言は、人生を後悔しないための何よりの要訣です。

私も宿命は変えられなくても運命は心掛け次第で変えられると考えております。




3.独創力を発揮するための三大条件・・・糸川英夫の教え

  的川泰宣 宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授・技術参与

 糸川英夫先生はよく「独創力」の大切さについて話されていましたが、一般向けに行われた講演会でこんなことがありました。
先生は、幼い男の子を抱いて前の席で座っているお母さんに
「その子を独創力のある子に育てたいと思いますか?」と聞かれました。
「もちろん」と答えたお母さんに、「そのためにあなたはどう育てるつもりですか?」と聞くと、
そのお母さんは「独創力を発揮するには自由でなければいけないから、
この子がやりたいと思ったことは何でもやらせます」と答えました。
先生は天井を見てしばらく考えていましたが「あなたは数年すると、
絶望するでしょうな」と言われたんです。「何でも好きにやって独創力がつくのなら
チンパンジーには皆、独創力がある」と。
先生が続けて言われるには「人間には意志というものがあって、
自分はこれをやりたい、という思いにどこまでも固執しなければならない」と。
いったんやりたいと思ったことは、絶対にやり遂げるという気持ちがなければ、
やっぱり何もできません。一度決心したことは、石にしがみついいてでもやり遂げる
強い意志が必要だ、と第一に言われました。

第二には、過去にどんな人がいて、何をやったかを徹底的に学習しないとダメだ、と。
アインシュタインは、ニュートンのことを徹底的に学習して、ニュートンが考えることは
すべてわかるという状態にまでなった。そうやって初めて、ニュートンの分からないことが
分かるようになったんです。
だから過去の人がやったことを決して馬鹿にしてはいけない。これまで先人が残した
考えの上に乗っかって、初めて新しいことが生まれる。
だから、徹底的に勉強しなきゃいけないと言われました。

第三は、少し意外だったんですが、自分が何か独創力のある凄い仕事をしたと思っていても、
世の中が認めなければそのまま埋もれてしまうことになる。世に認められるためには、
他の人とのネットワークをしっかり築いてよい関係をつくっておくことが大事ですと。
先生はその後、「私は独創力と縁のないことを言ってるようにきこえるかもしれないけれど、
世の中の独創力はそうやってできているんですよ」と話された。
先生はまさしくそれを貫かれたと思うんですね。同時代の人がやっていることを真似るようなことは
決してしないけれども、過去のことは非常によく勉強されていますよ。
糸川先生は、誰も考えなかったことを考えるのが大好きなんですよね。
でもその基盤には、自分が正当に継がなきゃいけないものを、物凄くしっかり勉強している
ということがあるわけです。その上に立って、初めて独創力が生まれてくるんだなということは、
先生を見ていてよく感じました。


一、強い意志を持ち
二、過去を徹底的に勉強し
三、世の中に認められるためには他の人とのネットワークがあって初めて独創力が生まれるのですね!



『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
藤尾秀昭 監: 致知出版社 より

人間の格 本物の人間になる

21.01.06

前ブログ『いまこそ感性は力』行徳哲男・芳村思風 共著に続き、
『人間の格』芳村思風を紹介させていただきます。


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近代における学校教育の大半は、
◦ 科学的思考能力を習得
◦ 科学的な知識や技術を習得するのが目的

その結果として、
理性能力が成長し、頭のよい人間は沢山つくられたが、
人間性が見失われ、血の通った温かな心が忘れられて、
人格の崩壊といわれる事態に立ち到ってしまった。

現在の世界の学校教育は
◦ 犬猫ではない「人間の格」とは何であるのかを明確に書いてある
 教科書が全くといっていいほど見当たらない。
◦ 人格とは何かを知らず、人間で在るとはどう在ることなのか。
 人間に成るとはどう成る事かを規定し論じることなく子供を育てている
◦ 人格を磨くとはどうすることなのか、如何なる努力をすれば人格は
 成長するのかという問題に関して、学問的な根拠を持った認識や
 議論はまったく存在しない。

世間一般でいわれる人格者とは、倫理道徳を保守的に厳しく守って
生きる清廉潔白な人物のことである。
しかしこのような人格者は理性や理念や道徳に支配され縛られて
堅苦しく、燃えるような命の輝きや、解き放たれた自由な魂の感動と
喜びがない。
本物の人格は、決して縛られることのない、絶えざる破壊的創造に
基づく成長の連続である。
そこに人間としての命の輝きと喜びが生まれるのである。
今よりもっと優れた素晴らしい生き方を求め続けるところに、
不完全性を本質とする人間の本物の人格者の姿がある。

英語の辞書で「人格」と引くと「パーソナリティ」「キャラクター」と
出てくる。欧米人には元来、人格を磨くとか、人格を成長させるという
意識や概念がない。
個性や性格は、常識的にはその人に固有のものであって、変化しない
ものであり、成長させる努力の対象ではない。だから西洋人の努力は
能力と金銭と物質に向かうのであり、能力主義といって能力のある人を
尊敬し、そこに人間的価値の本質を置いているのである。

東洋における伝統的根源的価値は金持ちよりも能力のある人よりも
人間性に優れ、人格において立派な人物を尊敬する傾向がある。

文明史的にいって、今は物質文明から精神文明へという流れにあり
「物質的には豊かになったが人間性がまったく成長していない」
と批判されているのが世界の現状である。

われわれ日本人は、欧米人に人格を目的とした生き方を教え、
人格を磨き人間性を成長進化させるためには如何なる努力を
すればよいのかを伝えてゆかねばならない使命があるのです。


『人間の格』芳村思風 致知出版社より

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思風先生がおっしゃるように、欧米人に人格を磨き人間性を
成長進化するための努力を伝えることが現在の日本人に
出来るのでしょうか?

行徳先生は「自分を鮮やかに生きていない人間が人を鮮やかには
絶対にしません。」と著書『いまこそ感性は力』の中で述べていらっしゃいます。

世界中がコロナ禍で大きく揺れ動いている今だからこそ、
たとえ微力であっても縁ある人々に人格を高めることを
目的とした生き方を伝えるために、

「命が燃えるような努力をするならば、単なる理屈や遺伝子の
潜在能力を超えた宇宙のエネルギーが自分の命を通して
沸々と沸き上がってきます。」
という思風先生のお言葉を信じて、
自らを鍛え、心を磨き、命を燃やす鮮やかな生き方に
チャレンジしたいと思います。





いまこそ感性は力 人間力は感性から生まれる

20.11.26

「国難襲来す。国家の大事といえども深憂するに足らず。
深憂とすべきは人心の正氣(感性)の足らざるにあり」
(藤田東湖が吉田松陰に授けた教えである。)

いま将に幾多の困難が日本に襲いかかっている。
国家崩壊の危機さえささやかれ始めた。
しかし近年亡くなったP・F・ドラッカーは、日本という国は
「世界最強の問題処理民族」であると指摘する。
確かに日本人は大化の改新、建武の中興、蒙古の襲撃、明治維新、
第二次世界大戦処理などなど、幾度も国難を克服してきた。
だから日本人はこれきしの危機を乗り切れないはずはない。
では、日本蘇生の強烈な武器とは何か。

「天下のこと万変(激動・激変)といえども、吾がこれに応じて
生き残れる所以は喜怒哀楽(すなわち感性)の四者を出でず。
これすべての学の要にて政も須くそのうちにあり」(王陽明)

感性こそ盲目社会を(一寸先は真っ暗闇)を生き抜く最強の力であり、
人間に希望と勇気を与える最高の力である

・・・・・『いまこそ、感性は力』まえがき より (行徳哲男/致知出版社)


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本書の一部を紹介させていただきます。

「力のない学問は本物じゃない。思風先生の感性の哲学には力がある。
感じ方の哲学であれば考え方、つまりイデオロギーに勝てる。
イデオロギーでは人類は救えない。」 行徳

”イデオロギーとは:物事に対して歴史的、政治的な自分の立場によって
構築された考え方のことである。”






11月17日、北海道の鈴木知事は道民に対し、感染のリスクを避ける対策が
とれない場合、
・札幌市内での不要不急の外出を控えることや、
・札幌市と道内のほかの地域との行き来を控えるよう要請し
協力を求めました。

「公衆免疫強靭化論~菅政権への提言」の著者 藤井聡(京都大学大学院教授)
によれば、鈴木知事の振る舞いは、「最悪の振る舞い」と言って然るべきもの
と言われています。
鈴木知事の振る舞いを一言で関西弁にて評価するなら
「エエカッコしいがイチびって自粛要請出した」というだけの話しです。
(注:標準語に翻訳すると「バカがフザケて、人様によく見て貰おう
というだけのセコイ動機で自粛要請を出した」という意)

そう判断された理由の一部です。

第一:この自粛要請時点での北海道のコロナ重症者数は僅か18名なのですが、
 たったそれだけの人数で医療崩壊の危惧が目前に迫っているのは
 偏にコロナ対応病床を増やす努力を鈴木知事がやっていなかった事が
 そもそもの原因。

第二:自粛要請は「高リスク項目」からにすべきなのです。
 1.「対象者」としては、より重症化・死亡リスクの高い
 「高齢者」や「基礎疾患者」の自粛要請を優先すべきであり
 2.活動としては、感染リスクの高い「目鼻口を触る事」や
 「複数人が集う場所で喚起しない事」という行為の
 自粛要請を優先すべき、なのです。

 それにも関わらず、重症化・死亡リスクの低い若年層や、
 感染リスクの高くない通常の買い物や公共交通利用等の
 行為まで自粛要請をかけても、医療崩壊リスク、死亡リスクの
 低減にはほとんど寄与しない一方で、ただただ経済が悪戯に
 傷付けられるだけに終わるわけです。

第三:重症者数が18名という程度の感染拡大状況で
 「不要不急の外出の自粛要請」を出すという知事の振る舞いは
 他の都道府県知事に対しても、同程度の感染拡大状況でも
 激しく自粛要請せねばならない(しかも、今以上に感染が
 減らないと解除できない)という強烈なプレッシャーを
 与えることになり、「自粛ドミノ」の全国的な連鎖を容易く
 誘発してしまうことになります。

そうなれば、再び日本経済全体が激しく傷付き、国民所得の下落と失業率の増大、
そして、今まさに急拡大している「自殺者数」がさらに加速していくことになります。

政治的な自分の立場によって構築された考え方(イデオロギー)の、政府および
地方自治体の首長の言葉と共に、それに呼応するかのように感染者数は報道しても、
重症者数、ましてや自殺者数などほとんど報道しない偏った新聞、テレビ、ラジオ等
限られたマスコミからの情報だけに踊らされることなく、いまこそ感性を力として
コロナ禍という危機を乗り切っていきたいと思います。

十万人が愛した言葉 月刊「致知」編集長 藤尾秀昭 監修

20.09.16

いつもそこには言葉があった

人が真剣に生きる時、
人が悲しみに打ちひしがれた時、
人が新しい一歩を踏み出す時、
言葉はいつもその人と
ともにあった。
言葉はいつも生きる喜び、
希望、勇気、力を
与えてくれた


創刊から四十年以上、月刊誌「致知」の読者の方の心に響いた
『十万人が愛した言葉』の中から、特に印象に残った言葉を
ご紹介させていただきます。




「第一章 自分を育てる」


◎自分は自分の主人公
世界でただひとり
自分を創っていく責任者
   「教育者 東井義雄」

「世界でただ一人の私を、どんな私に仕上げていくか
その責任者が私であり、皆さん一人ひとりなんです。」
東井氏が子供たちに投げ掛けたメッセージは、
世代を超え、胸に強く響いてきます。



◎最大のサービスとは
君の人格を上げることだ
   「イエローハット相談役 鍵山秀三郎」

50年以上にわたってトイレ掃除の実践を続けてきた鍵山秀三郎氏。
知識やノウハウの習得よりも大切なのは、それを用いる人の質。
人格が低い人間は何をやっても駄目だと説きます。



◎心構えというのは、どんなに磨いても
毎日ゼロになる能力である。
毎朝歯を磨くように
心構えも毎朝磨き直さなければならない
   「社会教育家 田中真澄」

「人生は今日が始まり」をテーマに、聴衆の魂に火をつける
熱誠講演を7,000回以上にもわたり行ってきた田中真澄氏。
心構えというものの急所を押えた卓見といえるでしょう。


◎よい本を読め
よい本によって己れを作れ
心に美しい火を燃やし
人生は尊かったと
叫ばしめよ
   「仏教詩人 坂村真民」

詩壇には目を向けず、自分という人間をつくり上げるために、
人々の心に光を灯すために詩を書き続けた坂村真民氏。貫くものを持ち、
心に美しい火を燃やし、尊い人生を生きよと、時代を超え語りかけます。


「第二章 生き方の流儀」


◎晩年がいい人の条件の一つは
人のせいにしないこと
   「精神科医 斉藤茂太」

「心の名医」と呼ばれた精神科医・斉藤茂太氏。多くの臨床経験を踏まえ、
「輝きのある人生にするには、他人に依存することなく、
自立した考え方を持つべき」と説きます。



◎いまがその時、その時がいま
本当にやりたいと思っていることがいつか来るだろう。
その瞬間に大事な時が来るだろうと思っていても、
いま真剣に目の前のことをやらない人には決して訪れない。
憧れているその瞬間こそ、実はいまである

         「サグラダ・ファミリア 主任彫刻家 外尾悦郎」

スペインにあるサグラダ・ファミリア教会の建設に携わってきた外尾悦郎氏が、
その40年間、常に自らに言い聞かせてきた言葉。憧れてきたその瞬間は
「いつか」ではなく「いま」目の前にあるのです。



◎馴れるということは
何と恐ろしいことであろう。
馴れることによって
感謝すべきことさえ、不満の種になってしまうのだ。

         「作家 三浦綾子」

難病の連続だった三浦綾子さんの人生。肺結核、脊椎カリエス、紫斑病、
喉頭がん、帯状疱疹、大腸がん、パーキンソン病・・・・・。
病床で紡がれた言葉は、人間の業に対する深い洞察に満ちています。



◎「~をしてくれない」と言い始めた時から、
既に精神的な老化が進んでいる。
   「作家 曽野綾子」

青年でも中年でも「~をしてくれない」と言い始めた時から、
精神的な老化が進んでおり、危険な兆候であると指摘しています。
曽根さんの言う「くれない族」にならぬよう心したいものです。



「第三章 志を遂げる」


◎最も適切な決断を下す力は修羅場経験
とりわけ失敗の経験がないと養われない

         「一橋大学名誉教授 野中郁次郎」

知識創造理論の提唱者として名高い野中郁次郎氏。
「企業は現実を直視せざるを得ないため、未来を創る力を生み出していく。
そういう意味で日本をリードしていくのは企業人である」
と述べています。



◎苦しみに遭って自暴自棄に陥ったとき
人間は必ず内面的に堕落する。
同時に、その苦しみに耐えてこれを打ち越えたとき、
その苦しみは必ずその人を大成せしめる。

         「スイスの教育研究家 ペスタロッチ」

生涯を障碍教育に捧げ、教聖と讃えられるペスタロッチ。
幸不幸の状況はその人の受け止め方により、
異なる現実をつくり出していくということでしょう。
人生を、人間を知り尽くした人の言葉です。



◎三流の人は、道を追う。
二流の人は、道を選ぶ。
一流の人は、道を創る。

    「シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチ 井村雅代」

三流は流行ばかりを追いかけ、
二流は新しい流行が来た、どちらがよいかと考える。
だが、一流は道を創る。
絶体絶命の局面を幾度も乗り越え、道を切り拓いてきた
井村氏ならではの言葉です。



◎夢を持て。希望を持て。
夢を持たぬ人生は、動物的には生きていても、
人間的には死んでいる人生

    「京都大学元総長 平澤興」

「人間には140億個の脳神経細胞があるが、
それを全部使いきった者は一人もいない」ことを強調し、
不断の努力の大切さを説いた平澤興氏。
一度きりの人生を燃えて生きよと力強く訴えます。



「第四章 運命を創る」


◎逆境はつねにいつでも自分の敵ではない。
ときには恩師となって人生に尊いものを教えてくれることがある。
心の親となって自分の本質を守り育ててくれる。
不幸、病気、逆境は大成する人格を育てる落ち葉である
    「常岡一郎」

青春時代に肺結核を患い、以来闘病生活でひたすら自らの心魂を
練り上げること15年にして病を克服。
常人には想像しがたい苦しみを経て発せられたその言葉には、
人の心を覚醒させる力があります。


◎美しい心を持ち、夢を抱き、
懸命に誰にも負けない努力をする人に
神は「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれる。

         「京セラ名誉会長 稲盛 和夫」

この宇宙のどこかに知恵の蔵ともいうべき場所があり、そこに蓄えられた
叡智から得た閃きに導かれて経営や人生を成功させることができた・・・・・。
幾多の苦難を乗り越え、道を拓いてきた人ならではの言葉。



◎幸運の女神は謙虚さを好みます。
反対に自分を絶対だと信じて見下すような人、
あるいは他人と自分を比較して
妬む、そねむ、ひがむ、恨む、憎む
といった感情を露にする人。
そういう人から運は逃げていくんです。

         「日本将棋連盟会長・永世棋聖 米長邦雄」

「米長哲学(米長理論)」と呼ばれる勝負哲学を持つ名棋士の言葉。
人間の一生を左右する「運」の研究にも力を注ぎ、運に恵まれる姿勢と
習慣づくりの重要性を説きました。



◎環境が人を作るということに囚われてしまえば、人は単なる物、
単なる機械になってしまう。人は環境を作るからして、そこに人間の
人間たる所以がある。自由がある。則ち主体性、創造性がある。
だから、人物が偉大であればある程、立派な環境を作る。
人間が出来ないと環境に支配される。
   「東洋思想家 安岡正篤」

偉大な人物は環境を変えていくものだと、安岡氏は述べています。
逆に、人間がお粗末だと環境に支配されてしまう。
さて、あなたは環境をつくる人でしょうか。




◎あとがきから

劇団四季創設者の浅利慶太氏が社員によくこんな話をしたという。
「保険会社は”安心”を売っている。メーカーは”便利”を売っている。
では、劇団四季は何を売っているか」
社員の返答を待たずに、浅利氏は自ら答えたという。
「それは”感動”だ。我われは、市民社会に感動を与える仕事に取り組んでいるんだ。」

月刊誌「致知」は”生きる喜び””生きる希望””生きる勇気””生きる知恵”
を売っている。

***『十万人が愛した言葉』 致知出版社 より***



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愛知電子グループは”夢”を売りたいと思っています。
トップアスリートからご高齢の方々まですべての方々を心身共に元気に
美しく出来る”夢”を医療・介護・美容・スポーツに携わる方々に
お届けしたいと思っています。


「実存的変容」に向かう小さな一歩を踏み出そう

20.08.05

『人類の目覚めへのガイドブック』天外伺朗 内外出版社 より

意識が変容し、「怖れと不安」が消える
「いい・悪い」「成功・失敗」「正義・悪」などの区別がなくなり、
目標や計画も不要、結果への執着もなくなる「実存的変容」へと
向かうための簡単な方法。

はじめて聞いた方は少し戸惑うかもしれませんが、人類社会はいま、
あるひとつの大きな波に直面しています。それは人によっては、
希望にあふれた「人類の目覚め」に見えます。
しかしながら、いままでの社会秩序が崩れますので、大災害をもたらす
津波と見る人もいるでしょう。

「本書には、いまこれを手に取っているあなたが、まずこの波の到来を
知り、準備ができること・・・できることなら、無事に変容を遂げて、
新しい常識を身につけること・・・少なくとも、旧来の常識にしがみついて、
抵抗勢力になり、悲惨な人生を歩むことがないように・・・
などといった祈りが込められております。」

本書の第一部、「実存的変容」へ向かうために誰でも簡単に踏み出せる
「日常生活の中でのちょっとした気付き、小さな一歩」を
紹介させていただきます。

小さな一歩①「いいも悪いもないですよ!」

「実存的変容」のひとつの小さなトレーニングは、この長年つちかってきた
「いい・悪い」の判断から離れることです。

小さな一歩➁「自己否定」の無限のループ

「自己否定」が良くないことだ、という呪縛から離れましょう。
「自己否定」している自分を発見したら、「ああ、自分はいま自己否定
しているな」と見上げて、そういう自分をそのまま優しく抱きとめてください。
自己否定をやめようとは絶対にしないで、そのまま徹底的に
気が済むまで自己否定を続けましょう。

小さな一歩③「怖れと不安」狂詩曲

将来の社会的成功に向かって、歯を食いしばって進む努力をやめませんか。
それよりも、仕事でも遊びでもいいですから、「いま」楽しいこと、わくわくすることに
没頭しましょう。首尾よくいけば「フロー体験」が得られるかもしれません。

小さな一歩④「正義と悪」のパターン化

まずは、自分が「正義の戦い」にはまっているかどうか、よく見てみましょう。
もしはまっていたら「悪の権化」が見えているはずです。
その悪の権化のサイドも、もし自分では「正義の戦い」を進めていると
思っているとしたら、彼らはいったい何をもって正義としているか
考えてみましょう。自分としては賛同できないとしても彼らなりに
何らかの正義を掲げていることを理解しましょう。
闇雲に彼らを「悪」と決めつけて否定する姿勢から、少し離れましょう。

小さな一歩➄「コントロール願望」を自覚する

自分の心の中に、組織や他人や子どもやパートナー、さらには
自分自身に対する「コントロール願望」がうごめいていることを
まずは発見しましょう。
「コントロール願望」が出てきたら、それを「いけない」とか
「なくそう」とかせずに、ありのままに「コントロール願望」が
動くのをよく感じましょう。自分が「コントロール願望」の
衝動に動かされていることをなるべく客観的に観察してみましょう。

小さな一歩➅失敗がなくなる「魔法の祈り」

毎朝・毎晩瞑想に入り、下記の祈りを108回ずつ唱える。
「いかなる状況になろうとも、私は起きた結果を全面的に受け入れます。
決して逃げません。誰のせいにもしません。誰も非難しません。」
「失敗」というのは、結果に対する執着が作り出す概念です。
「成功も失敗もないですよ!」

小さな一歩➆計画や目標を捨ててみよう!

旅に出るとき、計画を作らず、宿も決めず、いきなり見知らぬ土地に
降り立ってみませんか?神経を研ぎ澄まし、小さな兆候を見逃さない
ようにして、どこで何が起きるか見てみましょう。
思いがけずにすごい旅になるかもしれませんよ。なにかワクワクしませんか?

小さな一歩➇無責任のススメ

結果に執着して、責任を激しく追及するいまの社会の風潮は、
もう何百年も続いているので一般常識として定着しており、
誰も疑いを持っていません。
「実存的変容」の波が押し寄せてきて、人類はようやくその呪縛から
逃れられる時代に差しかかっているのです。
本章の小さな一歩は、ちょっと世の中のヒンシュクを買うかも知れません。
「徹底的に無責任男、無責任女になりましょう!」

小さな一歩⑨「自分軸」を取り戻す

思い切って「いい人」「立派な社会人」「良き隣人」をやめてみましょう。
無理する必要はありませんが、少しずつ「ボロボロな自分」
「ドロドロした自分」「弱い自分」「汚い自分」を表に出す練習をしてみましょう。
それを表に出しても、それまで思っていたより世間の評判は下がりませんよ。

小さな一歩⑩恋愛の深層構造をひも解く

いま、あなたが恋愛中なら、まず自分の中に「独占欲」と「嫉妬心」を
見つけましょう。何かの折にそれは顔を出すはずです。
相手が、ちょっと別の異性に関心を持ったときとか、自分を見てくれないとき
とかです。「独占欲」と「嫉妬心」を発見したら、絶対にそれをなくそうとしたり、
抑え込もうとしたりしないでください。むしろ、大切に大切に、それを守り、
育ててください。「独占欲」も「嫉妬心」もあなたの一部であり、切り捨てるべきでは
ないのです。そして、その「独占欲」や「嫉妬心」があなたの言動に
どういう影響を与えているか、ちょっと離れた位置から見てみましょう。

「実存的変容」というのは、心の奥底の方に巣くっている「シャドーのモンスター」
と対峙しないと達成できません。一般には、表面的な意識レベルのワークでは、
なかなか心の奥底には届かないのですが、第一部では数多く繰り返すことにより、
心の奥底にまで影響を与える手法をお伝えしました。これは、スポーツの
メンタルトレーニングなどでよく使われている手法です。
一方、心の奥底に直接的にアプローチする手法としては、瞑想と催眠が
よく知られています。天外塾では15年にわたり、いろいろな瞑想法を
工夫してまいりました。第2部ではこの一端をご紹介いたしましょう。







第一部をもっと詳しく知りたい、又第二部の
少し本格的な修行にご興味の
あられる人は、本書をご購入して
実践されることをお勧めいたします。

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