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『学問のすすめ』 いつか読みたかった日本の名著シリーズ①

22.01.14

2013年の5月から毎月1回を目標として始めました「本日の視点」でしたが、
お伝えしたいことが思い浮かばなかったり、又忙しさにかこつけたりで、
ノルマは果たせませんでしたが、何とか91回目を迎えることが出来ました。
これからも、私自身が直接見聞きした事、読んだ本の中で心に残った言葉、
そして最新の情報などを皆様にお伝えさせていただきます。
どうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。

50歳の手習いではありませんが、題名だけは知っているが読んでいない本が
多い事に気づき、”読みやすさ”に惹かれて、致知出版社の
「いつか読んでみたかったシリーズ」を購入しました。

シリーズ第一巻目、福沢諭吉の『学問のすすめ』の帯書には
"学問の要は「活用」の一点に尽きます。
活用なき学問は無学に等しいのです。”
と書かれていました。

平澤興先生(第16代京都大学総長)も
”今日一日の実行こそが、人生のすべてである。
人生は夢と祈りと実行以外にない。”

と述べられています。

『学問のすすめ』を読み進めますと、とても150年も前に書かれた本とは
思えないほど、現代の日本人にもとても示唆に富んだ内容に驚かされました。

本書は初編から17編まで見出しごとに「たとえ話」も含めて論説がとても理解しやすく書かれております。
コロナ禍もあり”自由”とか”権利”だけが一人歩きして”義務”とか”利他の心”が疎かになっている
現代の日本人にとっては”必読の書”ではないかと思います。

解説-福沢諭吉が見抜いた「自由の重さ」 奥野宣之(訳者)の一部をご紹介させていただきます。

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●自分がおかしいと思うものを徹底的に批判する

発足間もない新政府は、征韓論をめぐる内部対立や相次ぐ不平士族の蜂起などで早くも
絶対絶命の危機に。
幕藩体制や身分制度といった旧秩序をぶっ壊してみたものの新しい「独立国家・日本」の姿は
まったく見えない。
『学問のすすめ』はそんな混迷を極める時代に書かれた。
現代人が『学問のすすめ』に触れるときに感じるのは、その販売部数ではなく思想の強さだろう。
それは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という希望に満ちた言葉であり、
文明の発展を成し遂げようとする意欲的な姿勢、
そして、日本の独立のため火の玉になって働いた明治人の魂だ。
筆者も本書に対してそんな偏ったイメージを持っていた。
ところが、実際に作業を始めると、この見方はあまりにも的外れであったと反省させられた。
まず古くさいどころか最近の本よりずっとおもしろかった。
福沢はどんなものでも自分がおかしいと思ったら徹底的に批判する。
旧幕府や武士階級から、頑迷な和漢の学舎、「安定」を求め政府に取り入ることばかり
考えている洋学者、因習にとらわれた農民、町人根性が染みついた都市の大衆に至るまで、
あらゆる方面を筆鋒鋭く斬りつける。
その切れ味の鋭さは、ほれぼれするし、独特の「たとえ話」に代表される表現もユーモラスだ。
しかも、その攻撃は、徹底して相手と同じ高さから繰り出されるもので、
自身の業績や知識を振りかざした「上から」のものではない。
相手の立ち位置まで、わざわざ降りて行って闘うというのは、どこか優しさがある。
読後感も爽やかだ。


※「安定」を求め政府に取り入ることばかり考えている洋学者は
そのまま今のコロナ禍における御用学者やマスコミであり、因習にとらわれた農民、
町人根性が染みついた都市の大衆は、政治家や新聞・テレビの情報を鵜吞みにして、
10歳の子どもでもおかしいと思う事にも
気が付かない人々を連想させますね!





●現代日本の諸問題を先取りしていた福沢諭吉
また、それぞれのテーマの示唆の深さにも驚いた。
現代の日本の問題が、ほとんどここに書かれていると言ってもいいくらいだ。
つまり、本書は「明治時代の立身出世論」ではない。男女同権、消費社会、
社会保障、自由競争、家庭教育、キャリア、自己実現、若年層のニート化、
情報社会の弊害といった現代につながるテーマが、至るところに埋め込まれているのだ。
このように現代人の目から見ても刺激に満ちた本書だか、筆者が最も興味を惹かれたのは、
16編の「心事と働きのバランス」の話しだった。
ここで福沢は、「働きがあるのに志がまったくない人」と「何もできないのに志ばかり
高い人」を対比し、最近、後者が増えているのが気になる、と漏らしている。
近ごろ、街で見かけるのは、もの憂げな、うらみと不平に満ちた顔ばかりだ、と。
筆者は、この部分こそ、福沢がこれから日本人の心に起きる危機を予見していた箇所だと思った。
「働き」に対して「心事」ばかり大きくなった人が増えていく。
「世間に認められたい」「特別な人間になりたい」という思いは空回りするばかりで、
心は荒み、ふさぎ込んでいく。そのうち「時代が悪い」「社会のせいだ」などと言いだして、
人々は生きていることに充実を感じなくなってしまう。
明治維新の結果、身分制度はなくなった。絶対的なリーダーが大衆を導いていくという物語が消えさり、
自由な社会が始まった。人はなろうと思えば何にでもなれる。
しかし、それは一人ひとりが、「自分何者なのか」「自分に何ができるか」という
容赦のない問いに絶えずさらされることでもある。
これは140年を経た現代の日本にも、そっくりそのまま当てはまるだろう。
自由のすばらしさを説いた福沢は、同時に自由が人間にとって重すぎるものであることも
見抜いていた。
自由という不安を人は克服できるのか。
政府のあり方や社会制度だけでなく、働き方、それに心の危機まで。
『学問のすすめ』が現代に課している問題は、あまりにも多い。

いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ①『学問のすすめ』解説より


2022.1.14 91st