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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』7月度

23.11.27





人間力と仕事力が身につく
仕事ができる人はここが違う


『仕事の教科書』の月毎の言葉の中から私の心に響いた言葉を選ばせて
いただいていましたが、今回は、絞るのに苦労しました。
益々混迷を深める世界情勢の中、皆様の生き方の指針の
お役に立てましたら幸いです。







1.自分の荷は自分で背負って
宇治田透玄 東井義雑記念館館長



「苦しみも 悲しみも
自分の荷は
自分で 背負って
歩きぬかせてもらう
わたしの人生だから」


という詩は、そのまま、義父・ 東井義雄の生き方です。
胃がんで、自分の死を 間近に見た時ですらそうでした。
ところが、 平成2年の出来事は、義父にとって「自分の死以上の問題」でした。
東光寺に同居していた長男・義臣が、勤務先の小学校で倒れたのです。
体育の授業中、子どもたちと運動場を走っている時に突然意識を失い、
病院に担ぎ込まれました。そして、心臓こそ動いているものの、
二度と目を覚まさない人となったのです。まだ、46歳という若さでした。


朝、出勤するときには
互いに 手を振りあって 見送り
そして 出勤していった
倅であったのに
それから 一時間半の後
一校時の 体育の時間
子どもたちと一緒に
運動場を走っているとき
突然 ぶっ倒れて しまったという
すばやい 学校のご処置のおかげで
すぐに 病院に運ばれ
すでに 停止してしまっている
呼吸や心臓を
人工で はたらくように
していただいたという

機械による 呼吸であるとはいえ
こうして 呼吸をさせてもらい
いのちをいただいているのは
学校のすばやいご処置と
出石病院の先生方の おかげだ

学校の 皆さん
病院の先生方
ほんとに ほんとに
ありがとう ございます



これは義父の日記にあった詩です。日記は、亡くなった後、義母が書斎で見つけたといいます。
長男が目を覚まさぬ人となってからも、 周囲から見た義父の様子はほとんど変わりませんでした。
苦しみもやりきれない思いも決して外には表さない人だったのです。
私の妻にもそういった種類の言葉は何一つ言わなかったといいます。
しかし私たちの知らないところで自分のやりきれない感情を、日記に認(したため)ていたのです。
そしてそれは詩のスタイルで綴られていました。冒頭で紹介した詩で義父は
「自分の人生である限りは悲しみも苦しみも自分で背負う」といっています。
そして長男が意識を失っておよそ一年を経て、その現実すらも息子と代わってあげることができないという辛ささえも
そのまま受け入れようとしていたのではないのでしょうか。


とうとう
義臣が
まる一年
いのちをいただいてくれた
たくさんな皆さんの
念力にささえられて
いのちをいただいてくれた
南無阿弥陀仏



「悲しみを通して、初めて見さしてもらえる 世界があるのですね」

義臣の妻、私の義妹が義父に言ったそうです。当たり前に息を吸うことのありがたさ。
家族がそろって一日を過ごせる素晴らしさ。 そんな、それまでは見過ごしていた幸せを、
かみしめていたのかもしれません。真の意味で命を喜び、どんなに辛い現実もかけ値なしの人生と思える、
それを、悲しみを通した向こうの世界に見たのかもしれません。





東井先生の著書「自分を育てるのは自分」を昨年1月に終介させていただきました。
宇治田館長の「自分の荷は自分で背負って」を拝読して改めて人生はすべて自分自身で作っていくものだと
思いました。そして東井先生にご長男、義臣さんの奥様がおっしゃった
「悲しみを通して初めて見さしてもらえる世界があるのですね」が胸に刺さりました!






仕事でもらったスランプは仕事で返す
松本明慶 大佛師

我われは足を切ったり、指を飛ばしたり大怪我をすることもありますが、それでも私はあくる日も仕事場にいます。
仕事をしない日はないです。お正月も、弟子には休みをやりますが、自分は木づちをふるっています。
この正月の期間は仕事場を独占できて、新年の構想の下ごしらえができるんです。

こういう話をすると、「先生、そんなに仕 事ばかりして、ストレスはどう解消していますか」と聞かれますが、
スランプやストレスは何から起きているかといえば、結局は仕事から起きているんです。
だからそのストレスは仕事でしか解消されないんですね。
魚釣りに行ってストレス解消しているという人もいるけど、それは一時的に忘れているだけで、
実際は消えることはないんです。
野球選手がヒットを打てないからスランプやと言っても、そんなのヒット打てばいっぺんで直ります。
だから仕事でもらったスランプは仕事でしか返すもんがないです。それでもまた次にスランプがやってきますけど、
そうやって繰り返していくうち、だんだん間隙が少なくなって、すーっと仕事ができるようになります。

一つの道を究めていくには精進を続けていかなければなりませんが、そのためにはまず考え方を変えないと
ダメだと思いますね。考え方が変わると行動が変わります。行動が変わると結果が変わります。
大変な行に入らなければならないとか、辛い仕事をしなければならんとか、そうとしか考えられなかったら、
ずっと苦しみが続きます。そして苦しみから逃れるために手を抜こうとか、違う仕事を見つけようかとなる。
天台の教えにもありますよね、「苦楽」って。うちの工房の会報誌は、この「苦楽」に「吉祥」を足して
「苦楽吉祥」というんです。結局苦楽があるから吉祥があるんです。苦しいけど楽しいと考えを変えれば、
必ず吉祥がきます。

また、「楽」という字には「多くの人が集まってくる」という意味があるそうですね。

私も「そんな長い時間、卒業も定年退職もなく、よく毎日やりますね」と言われますが、
いい仕事を楽しんでやっていると、「あいつ、 楽しそうだな」と人が寄ってきます。
寄ってきてくれた人たちに「あいつと一緒だと楽しいな」と思われ、また人が寄ってきてくださる。
そうなると、どんな苦しいことがあっても楽しくなります。

これも天台の言葉ですが「一隅(いちぐう)を照らす」 という教えがあるでしょう。
自分の仕事に懸命に取り組むことで一隅を照らす。そうやってその場で光るような生き方をしておれば、
必ず人は集まる。





スランプやストレスの解消法は人によって色々あると思いますが、
確かに一時的に忘れているだけで、根本的な解決にはなっていません。
しかし、ストレスが無いと人間は成長出来ないという一面もありますから、
「苦楽吉祥」苦しくて大変だからこそ、仕事もやりがいも大きくなるのではないでしょうか?





素人発想、玄人実行
金出武雄 カーネギーメロン大学教授

世界中の優秀な学生が集まってくる中で、 大きく伸びる学生の共通点は、よく勉強する ということは
当たり前として、精神的に「しつこい」ですね。

例えば研究について質問や提案に来たとする。教授に「考えておくから」と言われ、「あ、そうですか」と
帰ってそのままにしてしまう、という姿勢ではない。またすぐ来て「あれはどうなったか」とか
「もっとさらに考えたんだ」と迫ってくるようなしつこさ。何としても自分の思いを通そうとする思いの強さは
絶対必要条件ですね。これは万国共通じゃないですか。成功している人はだいたいしつこい人が多い。
これは負けず嫌いということにも繋がります。

あとは、「かわいい人」ですね。何でもそうでしょう。
スポーツでも何でも、スーパースターといわれる人たちはみんなかわいいところがありますよね。
かわいさは素直とほぼイコールだと思います。素直というのは何でも「はい、はい」と聞くことではなく、
考えがひねくれていないということです。

例えばコメントを受けた時に、「なるほど、そういう考えもあるのか。もしそうだとすると、
自分の考えはもっとよくすることができるかな」とポジティブに受け止めようとする姿勢です。
逆に、自分の考えが攻撃されていると受け止めて、なんとしても防御する姿勢はだいたい上手くいかないですね。
これは処世訓ではなく、研究そのものと深い関係があります。
だいたい、研究で成功する人の考えの多くは極めて単純明快です。
難しい話や重要な発明も、その発想を聞いてみると「なーんだ」というものが多い。

私はこの仕事をしながら、常々、
「素人発想、玄人実行」
ということを大切にしてきました。とらわれのない、素人のような視点で物事を考える。
しかし、それを形にしていくにはプロとしての知識と熟練された技が必要ということです。
いくら発想が素晴らしくても、下手につくったものはうまく動きませんから。
発想は単純で素直なものでなければならないのに、それを邪魔するものは、なまじっかな知識、
自分は知っているという心です。大学教授という職業は、「それは理論的に難しいだろう」
「何年前にあの人も挑戦したけれど、 上手くいかなかった」という知識をつい先に出してしまう。
本当の玄人になるには、自分の玄人性に疑問を持てるかどうか。
もっと言うならば、時に自分が築いてきた実績を捨てる勇気があるかだと思います。
「素人発想、玄人実行」は学生たちにも話していることであり、
自分自身を育てるためにも意識し続けていることです。






大きく伸びる人の共通点
1.世の為、人の為という志しを強くもち
2.物事の捉え方が素直でひねくれてなく
3.自らが何を知っていて、何を知らないかを自覚している

以上3点が大切なのだと私も強く思います。




4.どこまで人を許せるか
塩見志満子 のらねこ学かん代表

長男が白血病のために小学二年生で亡くなりましたので、四人兄弟姉妹の末っ子の二男が三年生になった時、
私たちは「ああこの子は大丈夫じゃ。お兄ちゃんのように死んだりはしない」と喜んでいたんです。
ところが、 その二男もその年の夏にプールの時間に沈んで亡くなってしまった。
長男が亡くなって八年後の同じ七月でした。

近くの高校に勤めていた私のもとに「はよう来てください」と連絡があって、タクシーで駆けつけたら
もう亡くなっていました。子供たちが集まってきて「ごめんよ。おばちゃん、ごめんよ」と。
「どうしたんや」と聞いたら十分の休み時間に誰かに背中を押されて コンクリートに頭をぶつけて、
沈んでしまったと話してくれました。

母親は馬鹿ですね。「押したのは誰だ。犯人を見つけるまでは、学校も友達も絶対に許さんぞ」
という怒りが込み上げてくるんです。

新聞社が来て、テレビ局が来て大騒ぎになった時、同じく高校の教師だった主人が大泣きしながら駆けつけてきました。
そして、私を裏の倉庫に連れていって、こう話したんです。
「これは辛く悲しいことや。だけど見方を変えてみろ。犯人を見つけたら、その子の両親はこれから、
過ちとはいえ自分の子は友達を殺してしまった、という罪を背負って生きてかないかん。
わしらは死んだ子をいつかは忘れることがあるけん、わしら二人が我慢しようや。
うちの子が心臓麻痺で死んだことにして、校医の先生に心臓麻車で死んだという診断書さえ書いてもろうたら、
学校も友達も許してやれるやないか。そうしようや。」
私はビックリしてしもうて、この人は何を言うんやろかと。
だけど、主人が何度も強くそう言うものだから、仕方がないと思いました。
それで許したんです。友達も学校も・・・・・。

こんな時、男性は強いと思いましたね。でも、いま考えたらお父さんの言う通りでした。
争うてお金をもろうたり、裁判して勝ってそれが何になる・・・・・。
許してあげてよかったなぁと思うのは、命日の七月二日に墓前に花がない年が一年もないんです。
三十年も前の話なのに、毎年友達が花を手向けてタワシで墓を磨いてくれている。
もし、私があの時学校を訴えていたら、お金はもらえてもこんな優しい人を育てることはできなかった。
そういう人が生活する町にはできなかった。心からそう思います。


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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』 致知出版社 より




2人の子供を亡くし、それも1人は友達のいたずらが原因で亡くなった時に、
私はその友達を許せるのだろうか?と考えた時、
2015年11月13日(金)の夜パリで発生したテロに巻き込まれ、
奥様と1歳半の息子を亡くされたジャーナリストが
テロリストに向けた手紙で、怒りや憎しみに屈さず、
「今まで通りの生活を親子で続ける」と発信された事を思い出しました。
「許してあげてよかったなぁと思われる、塩見ご夫妻に頭が下がります。

他にもご紹介させていただきたいお話しが一杯です。
是非お読みになられる事をお薦めします。


『武士道』いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ② 致知出版社

23.10.05



日本という国は、

サムライによって

つくられてきました。

彼らは国家の花であっただけでなく、

根でもあったのです





これは、本書カバーの裏書の言葉ですが、宗教教育が行われていない日本人の道徳観の根源には
武士道の精神が脈々と流れているのではないでしょうか?
本書の目次にそって、各章の要諦となる部分をご紹介させていただきます。




第1章 武士道とは、生きるための道である

◆武士道とは「桜」
武士道は、我が国の「桜の花」と同じものです。
それは日本の土壌で生まれ、今なお我が国の特徴を象徴している、固有の花に他なりません。
決して、ひからびた標本となって保存される類いの、歴史遺産ではないのです。

武士道は現在もなお、力強さと美しさをもって、私たちの中に生き続けています。
姿や形こそ見えなくても、「武士道」という言葉が醸し出す道徳的な芳香は、
私たちがいまだそれに影響を受けていることを思い出させます。
武士道を生み、育んできた社会状況は、すでに消えて久しくなっています。 しかし、
かつて存在していた星々のきらめきが夜空を照らすのと同様に、武士道は今も私たちの
頭上に光り輝いているのです。





第2章 武士道の源流

◆仏教と神道がもたらしたもの

まずは仏教から始めてみましょう。
仏教は武士道に対し、運命にすべてを委ねる穏やかな感覚や、避けられないものに
対しても冷静に従う強さをもたらしました。 それは危険や災難に出合っても厳格なまでに
落ち着き払い、生を軽んじて、死に親しむような姿勢に反映されています。

有名な剣術の師匠 柳生宗矩は、彼の生徒がその奥義を習得したのを見たとき、
彼に向かっていいます。
「もうこれ以上、お前に教えることはない。あとは禅に学びなさい」
「禅」とは「ディアーナ」の日本語訳であり、「瞑想を通して言葉による表現を超えた
領域に到達しようとする人間の試みを表現した」ものです。

その方法は沈思黙考であり、禅の目指すところは、あらゆる現象の根源にある原理を悟り、
自分自身をこの世の絶対的な存在と調和させることだと私は理解しています。
そのように定義すると、禅の教えはもはや一宗派の教義を超え、
すべての人間に「絶対的な存在」を知覚させ、自分自身を世俗的な事柄から切り離し、
「新たなる天と地」の世界に気づかせるものなのでしょう。

仏教が武士道に与えられなかったものは、神道が十分に補ってくれました。
主君に対する忠誠、先祖に対する崇敬、親に対する孝行は、他の教義が教えなかったものであり、
神道の教義から導入されます。 これによってサムライの傲慢な性格は抑制され、
代わりに忍耐強さが加わったのです。
神道の教義に、キリスト教でいう「原罪」の観念はありません。
逆に神道は、人間生来の善性を信じ、人間の魂を神のように正常なものととらえ、
ときに魂を「神の意志が神託として述べられる場」として崇敬します。






第3章「義」あるいは「正義」

◆「義」は正義に基づく決断の力

ここではサムライの掟の中でも、最も厳しいものであった教訓を取り上げましょう。
サムライにとって卑劣な行動や不正な行為ほど、忌むべきものはありませんでした。

ここで紹介する「義」の観念には、誤ったところがあるのかもしれません。また狭苦しく、
窮屈に過ぎるのかもしれません。

有名な武士、林子平は、義の観念を「決断の力」と定義し、次のように述べています。
「義は勇の相手にて裁断の心なり。道理に任せて決心して猶予せざる心をいうなり。
死すべき場合に死し、討つべき場合に討つことなり」
孟子は「仁は人の心なり、義は人の路なり」といい、さらに「その路を捨てて由らず、
その心を放って求むるを知らず、悲しいかな。人、鶏犬の放つあらば即ちこれを求むるを知る、
心を放つあるも求むるを知らず」と嘆いています。






第4章 勇、すなわち勇敢で我慢強い精神

◆「死すべき時に死する」が真の勇

勇気は、義のために行使されるのでなければ、美徳としての価値はないとされてきました。
孔子は『論語』の中で、よく用いている否定的な論法で勇気の定義づけをしています。
それは「義を見てせざるは勇なきなり」というもの。
この格言を肯定的に言い直すならば、「勇気とは正しいことをなすことである」となるでしょう。
あらゆる危険を冒し、命を懸けて死地に飛び込むことは、よく勇気と同一視されます。
そして武人たちの職業において、シェイクスピアが「勇気の私生児」と呼んだ向こう見ずな
行為が、不当に賞賛されることはありました。
しかし武士道においては、そうではないのです。
その価値に値しない死は、「犬死に」と呼ばれました。
「戦場に駆け入りて討死するはいとやすき業にて、いかなる無下の者にてもなしえらるべし。
生くべき時は生き、死すべき時に死するを真の勇とはいうなり」
こう述べたのは水戸藩の義公(徳川光圀)でした。
プラトンの名前すら聞いたこともなかった義公ですが、彼は「恐れるべきものと、
恐れてはならないものを区別する知恵こそ真の勇気」と定義したプラトンと、まったく同じ結論に
達していたのです。






第6章 礼

◆最も効率的で、最も優美、それが「礼」

礼儀正しさとマナーのよさは、日本を訪れたあらゆる外国人の旅行者が気づくことのようです。
ただ、もし「上品であるという評判を落としたくない」というだけで実行されるのであれば、
礼儀というのは大した徳質ではありません。
本当の礼儀とは、「他者の感情を思いやる心」が目に見える形で表れたものでなければならない
のです。
礼儀はまた、社会的な地位といったような、物事の道理を尊重するものでもあります。
社会的地位といっても、それは貧富の差に基づくようなものではなく、実際的なメリットを
考えた上で、「この人をもっと敬うべきか」「ほどほどにしておくべきか」などと判断される
ようなものでしょう。
しかし最高の形を考えれば、礼というのはほとんど愛に近いものになります。
私たちは敬虔な気持ちで、「礼は寛容にして慈悲あり、礼は妬まず、礼は誇らず、
驕らず、非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を思わず」といわねばなりません。

ディーン教授(アメリカの動物学者)は人間性の六つの要素をあげていますが、
社交上の最も成熟した果実として、礼に最も高い地位を与えていることを疑問視する人はいないでしょう。





いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ②『武士道』
著:新渡戸稲造 現代日本語訳:夏川賀央 より一部抜粋




本書は今から11年前の平成24年9月に第一刷が発行されました。
新渡戸稲造というと、昭和59年に発行された5000円札の肖像になった人物として知られていても、
武士道の著者だとは知らない人も多いのではないかと思います。
挨拶が出来ない、敬語を含め正しい日本語が話せない。平気で空缶やゴミを捨てる。
公共交通でのマナーを守らない、というような品のない日本人が増えているような気がしてなりません。
かつてアインジュタインは「日本人の素晴らしさは躾や心のやさしさにある。」と日本人を評しました。
本書はその日本人の素晴らしさの原点は己を磨く「道徳」と「修身」と説く「武士道」を現代人にも
わかりやすいように解説されています。
「仁・義・礼・智・信」日本人が忘れ失いかけている精神を見直し、品格のある生き方とは何かを
考えてみたいと思います。



『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』5月度

23.08.04

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』5月度 致知出版社

致知出版社さんの『仕事の教科書』『生き方の教科書』併せて703名の方々の
言葉の中から時節や社会情勢も含めて選ばせていただいています。

5月度の中から私の心を熱くした3名のお言葉を紹介させていただきます。





以下、『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』致知出版社より


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一、荒行を乗り越えさせたもの
光永圓道 比叡山千日回峰行満行者・比叡山延暦寺大乗院住職

医学的には断食と断水の場合、一週間が生きられる限度といわれています。
そういう中で真言を唱え、お不動様を念じるわけですから、
本当に死と隣り合わせのギリギリのところまでいく。
生きることを一切否定して、仏様、お不動様に全心身をゆだねるわけです。
体力はどんどん落ち、身体もやせこけて頬がげっそりとそげ落ちてきます。
心臓に負担がかかるので本当にゆっくりとしか歩くことができなくて、
トイレも手伝っていただかないと行けなくなります。まさしく極限の状態ですが、
逆に意識は冴え渡って鋭敏になり、普段は決して聞こえない比叡山の麓を走る電車の音や、
駅のアナウンスまで聞こえたほどです。
堂入りを無事終えて出堂した時は、杖も握れないような状態でしたが、心の中は感謝の
気持ちでいっぱいでした。支えてくださった皆さんには、生まれて初めてではないかと
思うくらい、心の底から頭が下がりました。
堂入りが成満して「生き仏」などと言われますが、それまでの山廻りは菩提を求めての
自利行であったのに対して、そこからは化他行。自分のためにお山を七里半廻った上で、
人様のために京都洛北の赤山禅院まで七里半往復する赤山苦行や、京都市内を廻る京都
大廻りなどを経て、平成21年9月18日に無事、千日回峰行を満行しました。

確かに行の最中、小さな怪我は数え切れないほどしましたし、台風に遭遇したり、脱水症状で倒れたり、
たくさんの試練に遭遇しました。中でも一番大変だったのは、京都大廻りの時に脚を怪我したことでした。
累積疲労で脚がパンパンに腫れて、お医者さんからは絶対安静と言われていたんです。
その時脳裏に甦ったのは、小僧の頃にお師匠さんから言われた言葉でした。
行の最中に脚を痛めて引きずるような歩き方をしていたらしいんですが、
「脚をかばうな、引きずるな」と。かばいながら歩いたら、今度は別のところを痛めるんですよ。
ですが、かばわなければ痛いところはその一か所ですむ。言われた時は意味が分かりませんでしたが、
実際に自分の体で体験して初めて感得できるものなのですね。

結局京都大廻りの時は、それまでの歩き方で脚を痛めたわけで、歩き方を変えてひと月半
くらいかけて克服していきました。支えになったのはやっぱり周りの方々の力でした。
原因はすべて自分と思い定めてはいても、痛みを抱えながら歩き続けなければならない葛藤はある。
一人だったらいろんな意味で心が揺れてしまうんです。
でも街を歩きながらたくさんの見えないパワーをいただいているようで、行から戻ったら
小僧さんに担いでもらわないと移動できない状態だったのが、翌日草鞋を履いたら不思議と歩ける。
たくさんの方々の目に見えないパワーに後押ししていただいて続けることができたわけです。
改めて振り返ったら、それが仏様の力なのかなと。
仏様が姿形を変え、人伝えでいろんな力を与えてくださっているのを実感しました。







私には荒行体験はありませんが、10回近いインド・ブータン・チベットなどの
秘境&修行ツアーで出合ったサティア・サイババを始めとした数名の聖者達の物質化現象や、
数々の神秘体験から、光永圓道大阿闍梨の体験とはほど遠いですが、不思議としか言い表せない
現代科学の範疇を超えた現象があることを否定することは出来ません。






二、あなたは平和をつくるひとですか?
相馬雪香 難民を助ける会会長・国際MRA日本協会会長・尾崎行雄記念財団副会長

私が初めてMRA(Moral Re-armament*)のことを知ったのは昭和14年でした。
MRAはその前年、フランク・ブックマン博士(米国人牧師)の
「真の平和と民主主義は軍備ではなく、心と精神の再武装から」
との思想に基づき、ロンドンでMRA運動が開始され、以後世界各国にその活動が
広まったものです。
私は、そのMRAの運動を展開していた一人、ペッグ・ウイリアムズという女性と
出会います。
「男性が悪い、軍部が悪い、政治が悪い」と鬱積していた不満を吐き出す私に向かって、
彼女は「あなたのように男性が悪いんだ、政治が悪いんだと、人のことばかり責めているだけで
何か得られたのですか」と詰問しました。そう言われれば、人のことばかり責めていて、
憤慨するだけでは何一つ変わらないことを認めざるを得ませんでした。
最も身近な夫に対しても、いろいろ注文はあっても、私が望むようには一向に
ならなかったのですから。
「あなたは戦争は嫌だ、平和が欲しいと言うけれど、あなたのいるところで、
あなたは平和をつくる人ですか?」と聞かれたときも、グッと詰まってしまいました。
それというのも考えてみれば、私のいるところは喧嘩ばかりだったのです。

彼女の言わんとすることは、自分の周りに平和がつくれないで、どうやって
世界の平和を実現できるのかということでした。もっともな話だと思いました。
心に平和のない人間が平和を唱えることの矛盾。
朝から晩まで腹が立つばかりで、新聞を読んでは憤慨しているだけでは
どうにもならないということがよくわかりました。
「人を変えよう、社会を変えよう、世界をよくしようと思うなら、まず、あなた自身が
変わらなくては駄目です。世界の中でただ一人、あなたが変えることのできる人間は
あなた自身です」という言葉には目から鱗の落ちる思いでした。
彼女はさらにこう続けました。
「創造主(神)は、一人ひとりに計画を持っておられるのだから、それを求めて、
それに従って生きようとすることから始めるのです。まず、ありのままの自分を見ること。
人間はとかく自分は正しいと思いたいものです。でも、一本の指を人に向けるときには、
三本の指が自分を指しているのです。ありのままの自分を見るためには四つの物差しに照らして
自分を見ることが必要です。それは絶対正直、絶対無私、絶対愛という物差しです」
神様というのが嫌なら、心の声でもいい、虚心坦懐になったときに浮かんだ言葉を神に記せというので、
それならばと、やってみることにしました。


*Moral Re-armament 道徳再武装運動




戦後80年、今、日本には存続の危機が迫っています。
ロシアや、北朝鮮、そして中国の脅威を憂い、コロナウイルスを怖がり、
政治家が頼りない、信者8,000万人の巨大カルト、ザイム真理教(財務省)
の緊縮財政政策によって日本が沈没していくのが心配だ。
そして何よりも偏った報道しかしない日本のマスコミが
諸悪の根源だと、憤慨しても何一つ変わりません。
藤井聡 京都大学教授が提唱する「日本の未来のためにすべきこと」
を真剣に考えて、たとえ小さなことでも自分に出来る事を見つけて
取り組んで行かねばなりません。



















三、散っていった友の詩を語り続けて
板津忠正 知覧特攻平和会館顧問

いま、知覧には。年間70万人もの方が訪れています。人口わずか1万4000人の
あの町にですよ。景気の低迷でよその観光地はちょっと下火になっていますが、
知覧は逆に伸びる一方なんです。館内にある特攻隊員の皆さんの写真の笑顔を見て、
皆さん感動されるんです。これから死出の旅路に立つ者が、なぜあそこまで晴れやかな
笑顔を見せられるのか。以前、あれは強制的に笑わされた顔だ、という作家もいましたが、
強制されてあんな笑顔になるかってことね。いよいよ出撃の直前ともなれば、各々の
思いを、家族への手紙や辞世の句として残しました。私はそれらをほとんど諳んじて
いるんですよ。あれこれ説明するよりも、そうした絶筆を直接ご紹介した方が
出撃前の気持ちはよくわかると思います。

これは宮城県の相花信夫少尉、18歳が継母である母親に宛てて書いた絶筆です。

「母上、お元気ですか。長い間本当にありがとうございました。
我6歳のときより、育ててくだされし母。継母とはいえ、世のこの種の女にあるごとき
不祥事は一度たりとてなく、慈しみ育てくだされし母。ありがたい母、尊い母。
俺は幸福だった。ついに最後まで「お母さん」と呼ばざりし俺。幾度か思い切って
呼ばんとしたが、なんと意志薄弱な俺だったろう。母上お許しください。
さぞさびしかったでしょう。いまこそ大声で呼ばしていただきます。
お母さん、お母さん、お母さんと」


継母であるお母さんがどんな気持ちで読まれたか、察するに余りあると思うんですよね。

それから愛知県の久野正信大尉は全文カタカナで遺書を書かれました。5歳と2歳の
二人のお子さんがいらして、きっと一日も早く父親の心情を伝えたいと思われて
小学校低学年で習うカタカナで書かれたのでしょう。

「正憲、紀代子へ。父ハスガタコソミエザルモ、イツデモオマエタチヲ見テイル。
ヨクオカアサンノイイツケヲマモッテ、オカアサンニシンパイヲカケナイヨウニシナサイ。
ソシテオオキクナッタレバ、ヂブンノスキナミチニススミ、リッパナ
ニッポンヂンニナルコトデス。ヒトノオトウサンヲウラヤンデハイケマセンヨ。
「マサノリ」「キヨコ」ノオトウサンハ、カミサマニナッテフタリヲヂットミテヰマス。
フタリナカヨクベンキョウヲシテ、オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。オトウサンハ
「マサノリ」「キヨコ」のオウマニハナレマセンケレドモフタリナカヨクシナサイヨ」


旅立った特攻隊員がただ気がかりだったのは、自分たちが死んだ後で
日本がどうなっていくのか、ということでした。

こんな辞世の句があります。

「国のため 捨てる命は 惜しからで ただ思わるる 国の行く末」
「風に散る 花の我が身は いとわねど 心にかかる 日の本の末」


特攻隊員たちは皆、平和を望んでやまなかった。生き残った私は、彼らの語り部として
やっていく以外にその方法が思い浮かばなかったから、一途にこれをやり続けたわけです。





あなたは知覧に行かれたことがありますか?
私は年ほど前に2度行かせていただきました。
この中で紹介されている相花信夫少尉、5歳と2歳の2人のお子さんに宛てた久野正信大尉の他
数多くの家族への遺書とも言える手紙は涙で目が霞んでしまい、とても読み切れませんでした。
板津さんは一途に自分たちが死んだ後の日本の将来を憂いて沖縄の海に飛び立っていった
彼らの思いを語り部として後世に伝え続けられました。
混迷の今こそ私たちは失ってしまった日本人の心を何としても取り戻さなくてはなりません。
そんな想いに知覧はさせてくれます。





てれほん教話 「聞こえまっか」第六十四集より

23.07.05

私が30年近く、毎月参拝させて頂いております、
大阪市東住吉区の金光教木津教会の「てれほん教話」は
縁のある方々の信心の糧、心の力となることを願って発信されていらっしゃいます。

第六十四集の中から私の心に響いたお話をご紹介させて頂きます。



テレフォン教話「喧嘩が起こる訳は」 より



『我よしと思う心を仇として
戦いていけ 日ごと夜ごとに』


何故、私たちは「怒り」を他人にぶつけ、人を傷つけたり、争ったりしてしまうのでしょうか。
このことは、二人の人間が喧嘩をしている状態を考えると分かりやすいものです。
喧嘩が起こるのは、ひとりが「自分が正しい」と思っているところに、もうひとりが
「自分のほうが正しい」と主張するところに起こります。
お互い「自分のほうが正しい」と思い込んで相手に向かうものですから、相手の言い分を
まともに聞くことが出来ないのです。
そうして、相手の言い分をまともに聞けないために、お互いの溝がどんどん深まっていき、
最終的には「怒り」の感情をあらわにした挙句、自ら人間関係を壊してしまうのです。
結局のところ、元を辿れば「自分のほうが正しい」と思うその心がそもそも正しくない。
間違いなのです。
もしここで、「自分のほうが正しい」と思わないことが出来れば。いや、少なくとも
「相手も正しいかもしれない」と思うことが出来れば、相手の言い分をよく聞けるようになり、
まったく違う道が見えてきます。
そもそも、「相手の言い分をよく聞かない」というのが喧嘩の面目ですから、
「相手の言い分をよく聞く」という喧嘩などは起こり得ません。
加えて、言い分をよく聞いてもらって怒る、ということも起こり得ないのです。
お互いに相手の言い分をよく聞き、ものごとを冷静に、客観的に見ていけば、
実はただそれだけですべてが解決してしまうことがほとんどなのではないでしょうか。
我よし、自分は正しいと思う心こそが自分の敵なのです。その思い違い、心得違いと
戦っていくのが信心なのです。
「自分の方が正しい」と思わない稽古を共々に進めさせて頂きましょう。






二ヶ月に一度家内と共に診察をして頂いている、京都伏見区の堀田忠弘先生から
「魂」の浄化の大切さを教えて頂きました。

1) 神様はすべてを許せる。(実体がないものは許すも、許せないもない)
2) 自分を正当化しない。(記憶は消去、正当化も消去すれば心が広くなる)
3) 人間は自分との闘い(人を裁くことは出来ない)





テレフォン教話「あたりまえ」 より



悪性腫瘍のため右足を切断し、三十二歳の若さで亡くなられた医師、
井村和清さんの「あたりまえ」という詩をご存じでしょうか。

あたりまえ こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれ
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事がたべられる
夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる 笑える、泣ける、
叫ぶこともできる、走りまわれる
みんなあたりまえのこと こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは
それを失くした人たちだけ
なぜでしょう あたりまえ


「感謝」という言葉の反対語は「当たり前」である、と言われます。
一日一日、日は経つ。夜が明けて日が暮れる。毎日が同じことの繰り返しのように
思われるのですが、決して同じではない。当たり前ではない。
何事も慣れてきますと、その一番大切な「当たり前ではない」という思いが抜け落ちる。
一日一日、その時その時が有り難いのだという思いが抜け落ちるのです。それでは台無しです。
一番大切なことは、一日一日、その瞬間その瞬間を感謝の気持ちで過ごさせて頂く。これに尽きます。
朝起きたならば、昨日まで言ったことのない、よい「おはよう」が言えるような私にならせて頂く。
毎日の仕事や交際の上に感謝が抜け落ちぬよう、感謝を現せる自分にならせて頂けるようにと
手を掌わせる。それが、信心させていただくということであり、道に生きるということなのです。






私が社員と家族に紹介させて頂いております「今日の言葉」の中で、
東洋思想家、境野勝悟さんは
「自分の人生を充実させていくのは、親でもないし、先生でもないし、環境でもない。
自分自身が感謝する心を持てるかどうかだ」
とおっしゃっていらっしゃいます。




テレフォン教話「人間の喜びとは」より




ある雑誌の中で、中学校の教師が生徒との次のようなやり取りを載せておられました。

「先生、勉強って何でしないといけないのですか?お母さんが勉強しろ、
勉強しろってうるさいんです」
「そりゃ、勉強しないと、良い学校に入れないよ」
「良い学校へ入って、何をするんですか?」
「そりゃ、卒業して立派な社会人になるんだよ」
「立派な社会人って、何ですか?」
「そりゃ、立派な家に住んで、幸せになるんだよ」
「つまり生活を楽しむってことでしょう」
「うん、まあそういうことになるね」
「そしたら僕、今でも勉強しない方が生活楽しいから、勉強はしません」

生徒からこのように言われて、その教師は返事が出来なかったとありました。
さて、皆様でしたらこの生徒にどのような言葉をかけられるでしょうか。
私はこのお話を読ませて頂いて、はて、人間の喜びとは、自分が豊かな生活を送り、
楽しむことにあるのだろうかということを思わせて頂きました。
考えてみますと、私たちは生まれてから今日に至るまでに何度、皆から「おめでとう」と
言われてきたことでしょうか。
生まれた時、本人は何も知らないのに、皆がおめでとうと喜んでくれる。小学校へ入る時もおめでとう、
卒業する時もおめでとうと喜んでくれる。中学校の時、高校の時、結婚する時も同じです。
皆、おめでとうと喜んでくれる。このように「おめでとう」というのは、自分一人だけのものではないのです。
自分の喜びが、自分だけのものでなく他人の喜びとなったときに皆が喜び合う。それが、めでたいということ
であり、人間の喜びは実はここにあるのです。
人のお世話になって生きているのが人間ですから、人のお役に立つ為、人の喜びの為に人は勉強するのです。
そして自分に恵まれた力を最大限発揮し、より人のお役に立つ為に、自分にとってより良い学校、
より良い会社に入らせて頂くのです。
人間の喜びとは決して自分だけのものではありません。真に教養のある人とは、
自分の喜びを他人に分けてあげられる人のことを言うのです。






木津教会の「信仰理念」にこのような言葉があります。

・人の痛み苦しみが我が事のように思え
・人の喜びを我が事として喜べる心
・物の有難さもったいなさがわかる心 世話になるすべてに
礼を言う心が豊かな信仰心である。

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』4月度 

23.03.28

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』4月度 致知出版社

本書の「あとがき」の読者の感想文はとても共感しました。

・「心が熱く」なり、仕事に向き合うエネルギーをいただいてます。

・勇気とたくさんの気付きを頂き、一生大切にできる本だと感じている。
・眠りに入る前に枕元に来て人生の何かを講義してくれる一冊。
・食事は体を作るものとしたら、本書は心の栄養となるもの。

4月度の中から私の心を熱くした3名のお言葉を紹介させていただきます。





以下、『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』致知出版社より


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一、使命、懸命、宿命
柏木哲夫 金城学院大学学長


私には自分の人生を動かしていく三つの言葉があります。それは使命、懸命、宿命という
言葉です。使命というのは、作家の三浦綾子さんが亡くなる前にテレビの取材で言われていて、
すごいなと思った言葉なんです。
三浦さんは、「使命というのは命を使うと書くでしょう」とおっしゃるんですね。
「私は小説を書くことが自分の使命だと思っているので、死ぬまで小説を書き続けます。
いま私は体を病んでいますから、小説を一冊書いたらクタクタになって、ああ、命を使ったなと
実感するんです。けれども、小説を書くということは自分にとって命を使うことで、それが使命なので、
その使命を全うしたいと思います」と。この話を伺って、使命というのは命を使うということなんだと
教えられました。

それからしばらくして、今度は瀬戸内海のある小さな島で診療所をやってこられた老いた医者のことを
知りました。七十五歳ぐらいですがまだお元気で、医療に恵まれない島の人たちのために自分の一生を
捧げようと懸命に働いてこられたそうなんです。
その方のことを知った時、懸命というのは命を懸けることなんだな、と思い至りました。
その方は、自分の医師としての仕事に命を懸けてこられた。周りの人は、こういいかげんに都会に戻って
のんびりしたらどうかと言うけれど、自分はここに骨を埋めるつもりです。それが私の宿命だと思います、
と言われるんです。
普通、宿命というとなんとなくネガティブな感じがありますけれども、そのお話を聞いて、宿命と
いうのは命が宿ることなんだと私は思ったんです。
命を使い、命を懸けて、その結果命が宿るような人生を送る。そんな生き方ができたらすごいな、
と思うんです。


若い頃、運命と宿命の違いは何なんだろうか、と考えた時、宿命は例えば日本人の男子として
生まれたように、自分では変えられない事であり、運命は自分の考え方、生き方次第で変える事が
出来るものではないか、と考えていました。柏木さんのおっしゃる命を使う「使命」、命を懸ける
「懸命」の生き方の結果「命が宿る」という考え方に「宿命」の概念が変わりました。






二、妹は私の誇りです
山元加津子 石川県立小松瀬領養護学校教諭

お姉さんの結婚式には、お姉さんに浴衣を縫ってあげようと提案しました。でもきいちゃんは
手が不自由なので、きっとうまく縫えないだろうなと思っていました。けれど一針でも二針でも
いいし、ミシンもあるし、私もお手伝いしてもいいからと思っていました。けれどきいちゃんは
頑張りました。最初は手に血豆をいっぱい作って、血をたくさん流しながら練習しました。
一所懸命にほとんど一人で仕上げたのです。とても素敵な浴衣になったので、お姉さんのところに
急いで送りました。するとお姉さんから電話がかかってきて、きいちゃんだけでなく、私も結婚式に
出てくださいと言うのです。

お母さんの気持ちを考えてどうしようかと思いましたが、お母さんに伺うと「それがあの子の
気持ちですから出てやってください」とおっしゃるので、出ることにしました。お姉さんは
とても綺麗で、幸せそうでした。でも、きいちゃんの姿を見て、何かひそひそお話をする方が
おられるので、私は、きいちゃんはどう思っているだろう、来ないほうが良かったんだろうかと
思っていました。そんなときにお色直しから扉を開けて出てこられたお姉さんは、驚いたことに、
きいちゃんが縫ったあの浴衣を着ていました。一生に一度、あれも着たいこれも着たいと思う
披露宴に、きいちゃんの浴衣を着てくださったのです。そして、お姉さんは旦那さんとなられる方と、
マイクの前に立たれ、私ときいちゃんをそばに呼んで次のようなお話をされたのです。

「この浴衣は私の妹が縫ってくれました。私の妹は小さいときに高い熱が出て、手足が不自由です。
でもこんなに素敵な浴衣を縫ってくれたんです。高校生でこんな素敵な浴衣が縫える人は、いったい
何人いるでしょうか。妹は小さいときに病気になって、家族から離れて生活しなければなりません
でした。私のことを恨んでるんじゃないかと思ったこともありました。でもそうじゃなくて、私の
ためにこんなに素敵な浴衣を縫ってくれたんです。私はこれから妹のことを、大切に誇りに思って
生きていこうと思います。」

会場から大きな大きな拍手が湧きました。きいちゃんもとてもうれしそうでした。お姉さんは、
それまで何もできない子という思いできいちゃんを見ていたそうです。でもそうじゃないと
わかったときに、きいちゃんはきいちゃんとして生まれて、きいちゃんとして生きてきた。
これからもきいちゃんとして生きていくのに、もしここで隠すようなことがあったら、
きいちゃんの人生はどんなに淋しいものになるんだろう。この子はこの子でいいんだ、
それが素敵なんだということを皆さんの前で話されたのです。きいちゃんはそのことがあってから、
とても明るくなりました。そして「私は和裁を習いたい」と言って、和裁を一生の仕事に
選んだのです。


年を重ねたからなのか最近とみに涙腺が緩くなってしまい、家族に
冷やかされもしますが、このお話を読んだ時の涙は何か違うように感じました。悲しい涙、
淋しい涙では勿論ありませんが、嬉しい涙とも違うように思います。心が熱くなるような感激の
涙と表現するのが一番近いのでは・・・!



三、商売の極意は熱と光を相手に与えること
田中真澄 社会教育家

私たちは皆個人企業であり、一人ひとりが人生の経営者です。定年や退職というのは人間社会が
決めた単なるルールにすぎず、本来定年も退職もないのが人生というものです。
ところが、現役時代はビジネスの第一線でばりばり活躍していた人が、定年とともに人生の目的を
見失ってしまうというケースがとても多いのです。
退職する前後、「これからはゴルフや旅行などで第二の人生を満喫しよう」と意気揚々だった
人たちも、一年、二年と経つうちに、何とも言えない虚しさに襲われるようになります。最近でも
高校の同窓会に参加した友人が「田中君、毎日が退屈で退屈で死にそうだよ」と
ぼやいていましたが、彼に限らず多くの人たちの実感なのだと思います。

サラリーマンは退職と同時に「所属価値」を失ってしまいます。大企業の権威をバックに肩で
風を切る勢いだった人も、会社の社員という所属価値を失ってしまえば、誰からも相手に
されなくなるものです。その時、問われるのが「存在価値」です。言い換えれば、「どこの企業の
どういう肩書の方ですか」から、「あなたには何ができますか」という問いへの答えが求められる
のです。これからの人生百年時代を生き生きと生き抜くうえでは、自分自身の「生き方革命」が
とても重要になってきます。

私に存在価値の大切さを気づかせてくれたのは父でした。父は元軍人で私たち一家は戦後、いまの
韓国・釜山から日本に引き揚げてきました。ところが、日本が独立するまでの六年半、父は
パージによって公職に就くことができず、過酷な行商で家族の生活を支えたのです。日本国内が
食べるものに事欠いていた頃までは、行商でもなんとか食い繋いでいけましたが、物が豊かに
なるにつれて厳しさは増していきました。それでも父は決して行商をやめようとせず、朝早くから
夜遅くまで人の二倍、三倍、汗水流して黙々と働きました。私はそういう父の後ろ姿をとおして、
「人間は命がけで打ち込めば生きられるのだ」と教えられたのです。

父は軍人だっただけに商売には全く不慣れでしたが、ある人からこう教わったそうです。
「田中さん、商売というのは簡単なんだよ。太陽のように生きればいいんだ。太陽は二つのものを
人に与えてくれる。一つは熱。熱意をもって人に接すれば、その熱は自然と相手に伝わる。
もう一つは光。光を与えて相手を照らし、関心を持ってその人の存在を認めてあげることが大事
なんだ」
父は生前、「俺は商いのことは何も知らないが、この二つだけは心の支えにしてきた」と私に
話していました。私が個業家(個人事業主)になったのも、そんな父の影響です。これまで
有料の講演会だけでも六千五百回以上も行ってきましたが、私が伝えたいメッセージを凝縮
すれば、父から教えられた「熱と光を相手に与えよ」に尽きるように思います。

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「所属価値」ではなく「存在価値」を高める「生き方革命」が、65歳以上の高齢者の割合が30%に
迫った日本の緊急の課題ではないでしょうか。
その「生き方革命」を支える「健康寿命」の延伸に役立つ製品を開発することが当社の使命と
考え、それらの製品の普及に熱意をもって、多くの人々に光を与えられるよう懸命に取り組ませて
いただくことが宿命となるような会社を目指したいと思います。






『人間における運とツキの法則』藤尾秀昭

23.02.01

運の重要さについては、何度も取り上げさせていただいてますが、
月刊『致知』が44年間に取材させていただいた人たちに共通して
いるのは、遭遇した逆境、困難を運とツキで乗り越えていることです。
では、その人たちはいかにして運とツキに恵まれたのか。
そのヒントを記事にした中から選んだのがこの小篇です。












その一、運とツキの法則



人生に運とツキというものは確かにある。
しかし、運もツキも
棚ぼた式に落ちてくるものではない。
『安岡正篤(まさひろ)一日一言』に
「傳家寳(でんかほう)」と題する一文がある。
ここに説かれている訓えは全篇これ、
運とツキを招き寄せる心得といえるが、
その最後を安岡氏は
「永久の計は一念の微にあり」
と記している。
人生はかすかな一念の
積み重ねによって決まる、というのである。



新潮社を創業した佐藤義亮氏に、
浅草で商いを手広く営む知人があった。
ある晩、その人の店が全焼した。
翌日、佐藤氏が見舞いに駆けつけると、
なんと、知人は酒盛りをして騒いでいるではないか。
気が触れたか、とあきれる佐藤氏に、
知人は朗らかに言った。

「自棄になってこんな真似を
しているのではないから、
心配しないでください。

私は毎日毎日の出来事はみな試験だ、
天の試験だと覚悟しているので、
何があっても不平不満は
起こさないことに決めています。
今度はご覧のような丸焼けで
一つ間違えは乞食になるところです。
しかし、これが試驗だと思うと、
元気が体中から湧いてきます。
この大きな試験にパスする決心で
前祝いをやっているのです。
あなたもぜひ一緒に飲んでください」


その凄まじい面貌は
男を惚れさせずにはいない、と
佐藤氏は言っている。
知人は間もなく、
以前に勝る勢いで店を盛り返したという。

運とツキを招き寄せる法則は古今に不変である。

最後に、つい先日、大和ハウス工業の
樋口武男会長から伺った話を付記する。

「人の道を守らない人間、
親を大事にしない人間、
恩ある人に砂をかける人間に、
運はついてこない」


人生の真理はシンプルである。






その二、運命をひらく



運命とは定まっているものではない。
自ら運び、ひらいていくものである。
そのためには心のコップを立てなければならない。

それをなすのが教育である。
教育は心のコップを立てることから
始まるといっても過言ではない。

まず心のコップを立てる
運命をひらく第一条件である。

第ニの条件は、決意すること。

小さなことでいい。
小さなよきことを決意する。
そこから運命の歯車は回転していく。

そして決意したら、それを持続すること。
花は一瞬にして咲かない。
木も瞬時には実を結ばない。
自明の理である。

次に、「敬するもの」 を持つこと。

「敬するもの」とは
人が心の中に持った太陽である。
すべての生命は太陽に向かって成長する。
心もまた敬するものを持つ時、
それに向かって成長する。

最後に、「縁」 を大事にすること。
縁を疎かにして大成した人は一人もいない。

「不幸の三定義」 というのがある。
脳力開発の第一人者・西田文郎氏から聞いた。

一、 決して素直に 「ありがとう」 といわない人
一、 「ありがとう」 といっても、恩返しをしない人
一、 「ありがとう」 と唱えただけで
恩返しはできたと思っている人


縁のある人に、
この逆のことを心がけていくところに、
運命をひらく道がある。
心したいことである。



その三、運をつかむ



「功の成るは成るの日に成るに非ず。
けだし必ず由って起る所あり。
禍の作るは作る日に作らず。
また必ず由って兆す所あり」


蘇老泉の「管仲論」にある言葉である。

人が成功するのは、ある日突然成功するわけではない。
平素の努力の集積によって成功する。
禍が起こるのも、その日に起こるのではない。
前から必ずその萌芽があるということである。

運をつかむのもまた、同じことだろう。

宝くじを当てる。これは運をつかむことだろうか。
棚ぼた式に転がりこむ幸運というのは、
得てしてうたかたのごとく消え去るものである。
ことによると身の破滅にもなりかねない。
運をつかむには、
運に恵まれるにふさわしい体質を
作らなければならない。

言い換えれば、運を呼び寄せ、
やってきた運をつかみ取るだけの
実力を養わなければならない、ということである。

そういう意味で忘れられない言葉がある。
よい俳句を作る三つの条件である。
どなたの言葉かは失念したが、
初めて目にした時、胸に深く響くものがあった。

その第一は、強く生きること。

強く生きるとは、「主体的に生きる」ということだろう。
状況に振り回されるのではなく、
状況をよりよく変えていく生き方である。
「覚悟を決めて生きる」と
言い換えることもできよう。

小卒で給士から大学教授になった
田中菊雄氏の言葉。

「一生の間にある連続した五年、
本当に脇目もふらずに、さながら憑かれた人のごとく
一つの研究課題に自分のすべてを集中し、
全精力を一点に究める人があったら、
その人は何者かになるだろう」


こういう信念、姿勢が、強く生きる人格のコア(核)になる。

第二は、深く見る

強く生きることで初めて視点が定まり、
深く見ることができる。
深く見るとは本質を見抜くことである。
状況を見抜くことでもある。
ここに知恵が生まれる。

第三は、巧みに表す

巧みに表すことは大事である。
分野を問わず、技術、技巧なくして
よいものは作れない。

だが、それだけではよいものは作れない。
強く生きる信念、深く見る姿勢があって、
初めて技巧は生きてくる。

この三条件はそのまま、よい運をつかむ条件である。

「弱さと悪と愚かさは互いに関連している。
けだし弱さとは一種の悪であって、
弱き善人では駄目である」


哲学者、森信三師の言葉である。
運をつかむ道は人格陶冶の道であることを、
哲人の言は教えている。


その四、人間の花を咲かせる



木が弱り衰えていくのには五つの段階がある、
と安岡正篤師が言っている。「木の五衰」である。

この木の五衰を避けるには、
枝葉が茂ってきた段階で刈り取ること、
即ち省くことだと安岡師は説き、
人間もまた同じだという。

人間も貪欲、多欲になって修養しない、
つまり省かなくなると、風通しが悪くなり、
真理や教えが耳に入らなくなり、
善語善言を学ぼうとしなくなる。
これは「据上がり」で、そうなると「末枯れ」が起こり、
「末止まり」となる。
人間が軽薄、オッチョコチョイになり、進歩が止まってしまう。
揚げ句はつまらない人や事に関わり、
取り憑かれて没落する。「虫喰い」である。

これを「人間の五衰」というと
安岡師は人間の通弊を突いているが、
こういう人に花が咲かないのは自明の理であろう。

『易教』にこういう言葉がある。

「性を尽くして命に至る」

自分が天から授かったもの、もって生まれた能力を
すべて発揮していくことで天命に至る、というのである。
天命に至る道は、
そのまま人間の花を咲かせる道である。
このことを深く肝に銘じたい。

『致知』2018年5月号掲載の稲盛和夫氏のインタビューは、
人間の花を咲かせるための示唆に溢れている。
86年の人生を振り返り、人生で一番大事なものは何かの質問に、
稲盛氏はこう即答されている。

「一つは、どんな環境にあろうとも
真面目に一所懸命生きること…
(私が)ただ一つだけ自分を褒めるとすれば、
どんな逆境であろうと不平不満を言わず、
慢心をせず、いま目の前に与えられた仕事、
それが些細な仕事であっても、
全身全霊を打ち込んで、
真剣に一所懸命努力を続けたことです。」

「それともう一つは、やはり利他の心、
皆を幸せにしてあげたいということを
強く自分に意識して、
それを心の中に描いて生きていくこと。
いくら知性を駆使し、策を弄しても、
自分だけよければいいという
低次元の思いがベースにあるのなら、
神様の助けはおろか、周囲の協力も得られず、
様々な障害に遭遇し、挫折してしまうでしょう。
“他に善かれかし“
と願う邪心のない美しい思いにこそ、
周囲はもとより神様も味方し、
成功へと導かれるのです」



これまで『致知』にご登場いただいた
多くの先達が、同じことを述べている。
人間の花を咲かすための原点がここにある。
我が行いとしたい言葉である。

最後に、花はすぐには咲かない。
凡事の徹底と長い歳月の掛け算の上に
咲くものであることを忘れてはならない。


その五、運と徳



古典に教えがある。

「皇天は親なし。ただ徳をこれ輔く」
-----天は人を選んで親しくしたりしない。
ただ徳のある人を助けると、『書経』にある。

『老子』も同じことをいう。
「天道は親なし。常に善人に与す」

東洋の古典は一致して
運と徳は相関している、と説いている。
その人が持っている、
あるいは培ってきた徳分に応じて、
人はそれにふさわしい運命に出逢っていく、
と教えている。

ではどうすれば、
徳を高くすることができるのか。
それに至る道程を
ズバリ示した言葉が『論語』にある。

「事を先にし、得るを後にするは
徳を崇くするに非ずや。
その悪を攻めて人の悪を攻むることなきは
慝(とく)を修むるに非ずや」


まずやるべきことをやる。
それによってどんな報酬があるかを考えるのは
後回しにする。
それが徳を高めることになる。
自分のよくないところを攻めて、
人のよくないところは攻めない。
それが自分の中に潜んでいる悪を
修めていくことになる、というのである。
拳拳服膺(けんけんふくよう)したい言葉である。

徳を修める上で大事な心得を
『易経』も説いている。

「身に返りて徳を修む」

-----困難に遭う。失敗する。
そういう時は自分に原因がないかを反省する。
それが徳を修めることになるという。

徳を高めるには
徳を損なう道があることも
知っておかねばならない。
『孟子』の言葉に耳を傾けたい。

「自ら暴(そこな)う者はともに言うあるべからざるなり。
自ら棄つる者はともに為すあるべからざるなり」


自ら暴う者はやけくそになる者。
自ら棄つる者は捨て鉢になる者。
そのような者とは共に語り、
為すことはできないというのだ。

自暴自棄になる時、
運命は坂道を転げ落ちるように悪くなる。
心したい。

最後に、
『致知』が四十年の取材を通じて教わった
徳を高める方法
-----それは与えられた環境の中で運命を呪わず、
不平不満をいわず、最高最善の努力をすること。

仕事のジャンルを越えて
一流といわれる人たちは
この一点で共通していた。
運と徳を高める根幹をここに見る。


あとがきより

遇と不遇とは時なり。
『荀子』の中にある孔子の言葉です。
人間の運命は時世のいかんでうまくいく時もいかない時もある。
だが、そこで一喜一憂してはならない。不遇だからと腐ったり落ち込んだり、
調子がいいからと有頂点になったり驕ったり、といったことはせず、
孜々(しし)として自分のなすべきことに努めていく。それが何より大事だ、と
孔子は言っているのです。
これは私たちが生きていく上で知っておいたほうがよい、
古今変わらぬ人生の鉄則と言えます。

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『人間における運とツキの法則」藤尾秀昭 致知出版社より引用

10代の君たちへ 『自分を育てるのは自分』 東井義雄 (1)

22.12.08

本書のサブタイトル
”10代の君たちへ”
と帯書きの
「自分が自分の主人公。
自分を育てていく責任者」

という言葉に惹かれ、5人の孫達に読ませたいという想いで
購入させていただきました。

著者が30年も前に亡くなられた方ですから、時代背景が
現在とは異なる部分が多いため、孫に伝わるかどうか
懸念もありましたが、読み始めましたらお話に圧倒され
感動で胸が一杯となり、涙なしで読むことが出来ませんでした。

章題の「私を私に育てる責任者は私」「バカにはなるまい 」の中から
”孫を含め若い人たちの心に響いてくれたら”という私の願いと共に、
終活を迎えた私の心に熱い想いを甦らせてくれたお話をご紹介させて
いただきます。

1.五千通りの可能性の中から

皆さん、東昇先生という先生のお名前、聞いたことありませんか。京都大学の名誉教授で、
1ミリの100万分の1、こんな小さな世界を研究していらっしゃる先生です。日本ではじめて
電子顕微鏡をおつくりになった先生です。
この東先生がね、猫は生まれてすぐ人が育てても猫に育つ。犬は生まれてすぐ人が育てても犬に育つ、
ところが、人間は人間の子に生まれたからといって、人間に育つとは決まっていない。
今日の学者の定説では、約5000通りの可能性を持って生まれてくるとおっしゃっているんです。
東先生のそのお言葉を読ませていただきながら、思い出しましたのは、今から50年あまり前、
インドの山奥で、狼の住んでいるほら穴から、二人の人間の女の子が発見されました。
狼が赤ん坊をさらっていって、穴の中で育てていたんです。
小さな赤ん坊を育てて、ずいぶん長い間育てられたんでしょう。推定八つばかりになっていたんですが、
人間の世界に連れ戻されて、一生懸命人間に育てる教育をやったんですが、とうとう二人とも、
人間に戻りきることができないで亡くなってしまいました。真暗闇の中でも、目がらんらんと光って、
何でも見える。何十メートル先にある餌が、鼻でわかる。
餌があるぞということがわかりますと、八つばかりになっていたその女の子も、二本の足で立つことも
できないものですから、四つ足で、ものすごい勢いで飛んでいって、手を使うことができません。
貪り喰う。夜中の一定の時刻になると、遠吠えをやる。人間に生まれても、狼が狼の暮らしの中で育てると
人間の子も狼になる可能性さえ持っているんですね。
しかし、皆さんが今狼になってやろうと思っても、ちょっと無理でしょう。遅いでしょうね。
狼になるためにはもう少し早くから狼になるような、狼の暮らしの中で育つ必要があるわけでしょう。
しかし皆さん、今も獣には簡単になれますよ。どういう獣になれるか。「なまけもの」という獣には
今すぐにでもなれる。しかし、もう狼にはなれんでしょう。しかし死刑囚にはなれるんですよ。
五千通りの可能性の中には、死刑囚になる可能性を皆さんたちはちゃんと持っている。
私も持っているんです。誰もがその可能性を持っているんです。



2.私も世界でただひとりの私

その五千通りの可能性の中からね、どんな自分を取り出していくか。皆さん一人ひとりが
その責任者なんですよ。皆さんこんなたくさんいるように見えますけどね。自分は一人しかいない。
大阪のNHKから招かれて出向きました。国鉄大阪駅の地下を歩いてますとね、たくさんの人が、
ぎっしり歩いている。その時に感じたんですが、同じ人は一人もいないんですね。皆さん一人ひとり
違うんですね。こんなにたくさん人がいるのに、同じ人が一人もいない。
その時はっと気付いてみたら、私も世界でただ一人の私なのだということでした。その世界でただ一人の私を、
どんな私に仕上げていくか。その責任者が私であり、皆さん一人ひとりなんです。

世界でただ一人の私を、
どんな私に仕上げていくか。
その責任者が私であり、
皆さん一人ひとりなんです。



3.おかげさまでという生き方

皆さんの中に、こんな辛いこと、我慢できない、死んでしまおうと思ったことはありませんか。
こないだ、私の近くの中学生が自殺をしたんですが、どうか皆さん、そんなことは考えないでくださいね。
死ぬほど辛いことにあっても、胸に手を当てた時、ドキドキがドキドキしていたら、
「しっかり生きてくれよ」という仏様の願いが働いてくださっているんだと考え直してくださいね。
去年の夏休み、私の知っている校長先生がやってこられました。何か心配そうな顔をしていらっしゃる。
どういうことかなと思っておりましたら、そこのお嬢さんがね、大学に行っているんだそうですが、
赤ん坊の頃から肌にアザがあって、どの病院に連れて行っても治らん、どの医者にかかっても
治らん。だんだん性格が暗くなり、家でものを言わなくなってしまった。お母さんが心配して、
こっそり日記を読んで見られたのです。すると、
「お父さん、お母さんは、なぜ私を生んだのか。私を苦しめるために生んだのか」
そんなことが毎日日記に書いてある。びっくりして、どうしたらいいでしょうかとやってこられたんです。
私はね、この本の話をいたしました。これは、薄っぺらい本ですがね。山口県の木村ひろ子さんという女の方が、
左足でお書きになった本です。左手ではないのです。左足です。私の書いた本はみんなね、私が手で書いた本ですが、
これは、木村さんが、左足でお書きになった。木村さんは生まれて間もなく、脳性マヒという病気にかかられ、
両手両足が動かんようになってしまった。ものをいえんようになった。左の足がすこし動くんだそうです。
その上、三つになった時、お父さんが死んでいかれました。十三になった時、お母さんが死んでいかれました。
両手両足が動かない。お父さん、お母さんもいない。
想像できますか。何が一番辛いでしょう。女の方想像できますか。同じね、脳性まひの十七歳のきみちゃんという
お嬢さんがこんな日記を書いています。

ひとつの願い
お便所に一人でいけるようになりたいのです
それが私の願いです
たった一つの願いです
神様、神様がいらっしゃるなら
私の願いを聞いて下さい
あるけないこと
口がきけないこともがまんします。
たった一つ お便所に
一人で
一人で行けるようになりたいのです
お願いします


真剣な願いでしょうね。誰か親切な人が連れて行ったとしても、手が動かんのですから、
自分で後始末ができません。辛かったでしょうね。木村さんも、
「手洗いに、人のお世話にならずに行けるようになるまでは、飲まないぞ、
食べないぞと頑張ってきました」とお書きになっている。
お友達が小学校に行くようになると、私も学校へ行って賢こうなりたいな、手や足が動かんでも
賢こうなりたいなと、どんなに願ってみても、手や足が動かんもんが、学校へ行けません。
その時、お母さんを先生に、わずかに動く左足に鉛筆をはさんで字を習った、その字が、ここに
書いてあるんです。お友達が中学校へ行くようになると、私も中学校に行って、賢こうなりたいな。
どんなに願ってみても、学校には行けません。考えれば考えるほど、自分がみじめになってきます。
だから決心しました。「二度の再び学校にいけないことを悔やまんぞ」と心に決めて、

不就学 なげかず左足に 辞書めくり 漢字暗記す 雨の一日を

こんな歌が書いてあります。わずかに動く左足で字引をめくって覚えた漢字がここに書いてあるんです。

左足に 米とぎかしぎ 墨をすり 絵をかきて生く ひとすじの道

左足でお米洗って、左足でご飯炊いて、左足に墨をはさんで墨をすり、左足に筆をはさんで絵を画いて、
その絵を売って生きていらっしゃるんです。しかも、これだけなら、自分のために生きとるにすぎない
じゃないか。自分のために生きとるというのなら、毛虫だって自分のために一生懸命生きとるやないか。
せっかく人間に生まれさせていただきながら、毛虫と一緒では申し訳ないじゃないかというので、
この左足でお画きになった絵の収入の中から、毎月、体の不自由な皆さんのために出していらっしゃるんです。



そして、
「わたしのような女は、脳性マヒにかからなかったら、生きるということの
ただごとでない尊さを知らずにすごしたであろうに、脳性マヒにかかった
おかげさまで、生きるということが、どんなにすばらしいことかを、
知らしていただきました」
脳性マヒにかかったおかげさまで。
生きるということはそういうことなんですね。どうか皆さんも、体のどっかに
不自由なところがあっても、このために死んでやろうなんて考えないで、
胸に手を当てた時、ドキドキしていたら仏様が、
「辛かろうけど、しっかり生きろ」
とおっしゃっているんだと考え直して、そして、このおかげさまでと
いうような受け止め方で、生きる生き方を求めていただきたいですね。

10代の君たちへ 『自分を育てるのは自分』 東井義雄 (2)

22.12.08

4.もえさしが気付かせてもらった

校長を勤めていた学校まで、家から通えませんでしたので、学校から200メートルほど離れたところで
自炊をしていました。夜、食事の片付けをやり、先生たちが書いてくださっている教育記録に、
私の感想を書いているうちに夜がふけてきます。
「ぼつぼつ、休ましてもらおうか」
仏様に、夜のおつとめ(正信偈を読み、おまいりすること)をすまして、寝床の上に横になろうとして、
「もえさしが寝よるわい」と思いますと、哀れで、みじめで、やりきれません。」
「太田君はもえさしを大事にするというが、もえさしを大事にするにはいったいどうすればいいのか」
いてもたってもおれません。なかなか寝つかれません。
それでもいつのほどにか眠りにつきました。
朝になって、お便所でしゃがもうとしかけて、
「もえさしがしゃがみよるわい」と思いますと、哀れで、みじめで、やりきれません。
いてもたってもおれんもんですから、その問題に答えてくれそうな書物を、手当たりしだいに読みあさりました。
そして、ついに行き当たったのが「若きいのちの日記」という本でした。
ひょっとして、皆さんの学校の図書館にあるんじゃないかな。本屋さんに今出ております。
その本を知らない人もね、ひょっとして、皆さんがまだ小さい頃、テレビなんか見ていると
「マコ、わがままいってごめんね、ミコはとっても幸せなの・・・」
という歌があったのを知っているでしょう。
あのミコ、本当の名前は大島みち子、私の兵庫県の織物の町、西脇という町の娘さんです。
西脇の中学校の校長をやっていたのが、ちょうど師範学校の同級生で、その大島みち子さんを教えたんだ
といっているんですが、子どもの頃は顔はかわいいし、頭はすばらしくいいし、体は健康だし、
気立てはやさしいし、本当にいい子だったといっております。
ところが、高等学校に入った時、顔の軟骨が腐る、なんとかいう、イやなめずらしい病気にかかったんです。
顔には軟骨がありますね、鼻なんかも。これが腐ってしまうんです。でも、一時よくて、
高等学校を5年かかって卒業しているようです。
その大島みち子さん、そんなイやな病気にかかって、高等学校を5年かかって卒業し、
京都の同志社大学の文学部に入りました。大学に入ったと思ったら、またそのイやな病気が再発しまして、
長い病院生活がはじまりました。
その間に、河野誠という学生と知りあって、互いに手紙を取り交わす間柄になったんです。
が、とうとう二人はいっしょになれずに、短い生涯を病院のベッドの上で閉じていきました。
その大島みち子さんが書き残した日記を集めたのが「若きいのちの日記」という本です。
それを読みました時、現代娘の大島みち子さんに教えられた気がしました。
大島みち子さんは書いてます。

「病院の外に健康な日を三日ください。一週間とは欲ばりません、ただの三日でよろしいから病院の外に
健康な日がいただきたい」


ただの三日健康な日がもらえたら、皆さんはどう使いますか。大島みち子さんは書いています。

「一日目、私はとんで故郷に帰りましょう。そして、お爺ちゃんの肩をたたいてあげたい。
母と台所に立ちましょう。父に熱燗を一本つけて、おいしいサラダを作って妹たちと、楽しい食卓を
囲みましょう。そのことのために一日がいただきたい」


とんで西脇に帰って、かわいがっていただいたお爺ちゃんの肩、ぞんぶんに叩かしていただきたい。
お母さんといっしょに、お炊事することの中に、お母さんの娘に生まれた幸せを味あわせていただきたい。
ご苦労ばかりかけっぱなしのお父さんのお膳に、熱いお燗を一本つけさしていただきたい。
妹たちと、楽しい食卓を囲ましていただきたい。そのために一日がいただきたいというのです。

「二日目、私はとんであなたのところへ行きたい」

その河野誠青年のところへ行きたいというんです。

「あなたと遊びたいなんていいません。お部屋のお掃除してあげて、ワイシャツにアイロンをかけてあげて、
おいしい料理を作ってあげたいの。そのかわりお別れの時、優しくキスしてね」


あなたと遊びたいなんていいません。愛する人の部屋のお掃除をする中に、
女のしあわせを味わわせていただきたい、
愛する人のワイシャツに、心を込めてアイロンをかけてあげることの中に、
女の生きがいを味わわせていただきたい。愛する人のお料理をつくってあげる中に、
女に生まれたしあわせを味わわせていただきたいというのです。

「三日目、私は一人ぼっちで思い出と遊びましょう。そして、静かに一日が過ぎたら、
三日間の健康をありがとうと、笑って永遠の眠りにつくでしょう」


まだ若い大島みち子さんに教えられた気がします。

「そうだった。今まで粗末に考えてきた、つまらなく見えていた、そのひとつひとつをもう一度、
思いを新らたにして考え直す以外、もえさしを大切にする道はなかったんだ」
そんなふうに気付かしてもらいましたね。

皆さんも、いろいろな悩みを
持っておられるかもわかりませんがね、
おかげさまでというような受け止めが、
できるようになってください。




『自分を育てるのは自分』東井義雄 著 致知出版社 より引用

『十万人が愛した言葉』(1) 月刊「到知」編集長 藤尾秀昭監修

22.11.29



人が真剣に生きる時、
人が悲しみに打ちひしがれた時、
人が新しい一歩を踏み出す時、
言葉はいつもその人と
ともにあった
言葉はいつも生きる喜び、
希望、勇気、力を
与えてくれた







上記は本書の帯書きの言葉ですが、私も29才で会社を起こしてから、どれ程先人の言葉に救われたか
知れません。迷った時、困った時、そして心が折れかけた時に立ち向かう勇気が湧いてきました。
本書の名言の中からいつものように今の私の心に特に響いた言葉をご紹介させていただきます。




第一章 自分を育てる


1.自分は自分の主人公
世界でただひとりの
自分を創っていく責任者
 ・・・教育者 東井 義雄

「世界でただ一人の私を、どんな私に仕上げていくか。その責任者が私であり、皆さん一人ひとり
なんです。」東井氏が子供たちに投げかけたメッセージは、世代を超え、胸に強く響いてきます。


2.心構えというのは、どんなに磨いても
毎日ゼロになる能力である。
毎朝歯を磨くように、
心構えも毎朝磨き直さなければならない
 ・・・社会教育家 田中 真澄

「人生は今日が始まり」をテーマに、聴衆の魂に火をつける熱誠公演を7,000回以上にもわたり
行ってきた田中真澄氏。心構えというものの急所を押えた卓見といえるでしょう。


3.能力の差は五倍
意識の差は百倍
 ・・・日本電産社長 永守 重信

「人間の能力の差は5倍まで。しかしやる気の差は100倍にもなる。」
28歳で会社を起こし、一代で世界的企業をつくり上げた永守重信氏。意識の力で人生を切り拓いた
その言葉には迫力がこもります。


4.よい本を読め
よい本によって己を作れ
心に美しい火を燃やし
人生は尊かったと
叫ばしめよ
・・・仏教詩人 坂村真民

詩壇には目を向けず、自分という人間をつくりあげるために、人々の心に光を灯すために
詩を書き続けた坂村真民氏。貫くものを持ち、心に美しい火を燃やし、尊い人生を生きよと、
時代を超え語りかけます。






第二章 生き方の流儀


1.晩年がいい人の条件の一つは、
人のせいにしないこと
・・・精神科医 斎藤 茂太

「心の名医」と呼ばれた精神科医・齋藤茂太氏。多くの臨床経験を踏まえ、「輝きのある人生に
するためには、他人に依存することなく、自立した考えを持つべき」と説きます。


2.「今がその時、その時がいま」
本当にやりたいと思っていることがいつか来るだろう。
その瞬間に大事な時が来るだろうと思っていても
いま真剣に目の前のことをやらない人には決して訪れない。
憧れているその瞬間こそ、実はいまである。
・・・サグラダ・ファミリア主任彫刻家 外尾 悦郎

スペインにあるサグラダ・ファミリア教会の建設に携わってきた外尾悦郎氏が、その40年間、
常に自らに言い聞かせてきた言葉。憧れてきたその瞬間は「いつか」ではなく「いま」目の前に
あるのです。


3.馴れるということは
何と恐ろしいことであろう。
馴れることによって、
感謝すべきことさえ不満の種になってしまうのだ
・・・作家 三浦 綾子

難病の連続だった三浦綾子さんの人生。肺結核、脊椎カリエス、紫斑病、喉頭がん、帯状疱疹、
大腸がん、パーキンソン病・・・。病床で紡がれた言葉は、人間の業に対する深い洞察に満ちて
います。


4.天の父よ、どんな不幸を吸っても
吐く息は感謝でありますように
・・・『到知」連載「禅語に学ぶ」

若い身でがんになった女性。教会の前にあったこの言葉に「悪いと思われても、陰にはよいことも
隠されている」と心に刻み、その生を全うしたといいます。円覚寺の横田南嶺老師が紹介していた
話です。






『十万人が愛した言葉』(2) 月刊「到知」編集長 藤尾秀昭監修

22.11.29

第三章 志を遂げる

1.最も適切な判断を下す力は修羅場経験、
とりわけ失敗の経験がないと養われない
・・・一橋大学名誉教授 野中 郁次郎

知識創造理論の提唱者として名高い野中郁次郎氏。「企業人は現実を直視せざるを得ないため、
未来を創る力を生み出していく。そういう意味で日本をリードしていくのは企業人である。」
と述べています。


2.苦しみに遭って自暴自棄に陥ったとき、
人間は必ず内面的に堕落する。
同時に、その苦しみに耐えてこれを打ち越えたとき、
その苦しみは必ずその人を大成せしめる。
・・・スイスの教育実践家 ペスタロッチ

障害を障碍教育に捧げ、教聖と讃えられるペスタロッチ。幸不幸の状況はその人の受け止め方により、
異なる現実をつくり出していくということでしょう。人生を、人間を知り尽くした人の言葉です。


3.君、人に熱意と誠があれば、何事も達成するよ。
よく世の中が行き詰ったと言う人があるが、
これは大いなる誤解である。
世の中は決して行き詰らぬ。
もし行き詰ったものがあるならば、
これは熱と誠がないからである。
つまり行き詰まりは本人自身で、
世の中は決して行き詰るものではない
・・・細菌学者 北里柴三郎

のちに医科学者として大成、京都帝大総長となる25歳の荒木寅三郎を38歳の柴三郎はこんな言葉で
勇気づけました。熱意と誠意こそあらゆる仕事を成就させ、人生を真の結実へと導く二本のレールです。


4.夢を持て。希望を持て。
夢を持たぬ人生は、動物的には生きていても
人間的には死んでいる人生
・・・京都大学元総長 平澤 興

「人間には140億個の脳神経細胞があるが、それを全部使い切った者は一人もいない」ことを
強調し、不断の努力の大切さを説いた平澤興氏。一度きりの人生を燃えて生きよと力強く訴えます。






第四章 運命を創る

1.逆境は、つねにいつでも自分の敵ではない。
ときには恩師となって人生に尊いものを教えてくれることがある。
心の親となって自分の本質を守り育ててくれる。
不幸、病気、逆境は大成する人格を育てる落ち葉である。
・・・常岡 一郎

青年時代に肺結核を患い、以来闘病生活でひたすら自らの心魂を練り上げること15年にして
病を克服。常人には想像し難い苦しみを経て発せられたその言葉には、人の心を覚醒させる
力があります。


2.美しい心を持ち、夢を抱き、
懸命に誰にも負けない努力をする人に
神は「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれる
・・・京セラ名誉会長 稲盛 和夫

この宇宙のどこかに知恵の蔵ともいうべき場所があり、そこに蓄えられた叡智から得た閃きに
導かれて経営や人生を成功させることができた---。幾多の苦難を乗り越え、道を拓いてきた人
ならではの言葉。


3.幸運の女神は謙虚さを好みます。
反対に自分を絶対だと信じて人を見下すような人
あるいは他人と自分を比較して
妬む、そねむ、ひがむ、恨む、憎む
といった感情を露にする人。
そういう人からは運は逃げていくんです。
・・・日本将棋連盟会長 永世棋聖 米長 邦雄

「米長哲学(米長理論)」と呼ばれる勝負哲学を持つ名棋士の言葉。人間の一生を左右する
「運」の研究にも力を注ぎ、運に恵まれる姿勢と習慣づくりの重要性を説きました。


4.環境が人を作るということに囚われてしまえば、人は単なる物、単なる機械になってしまう。人は
環境を作るからして、そこに人間の人間たる所以がある。自由がある。則ち主体性、創造性がある。
だから、人物が偉大であればある程、立派な環境を作る。
人間が出来ないと環境に支配される
・・・東洋思想家 安岡 正篤

偉大な人物は環境を変えていくものだと、安岡師は述べています。逆に人間がお粗末だと
環境に支配されてしまう。さて、あなたは環境をつくるひとでしょうか。







「十万人が愛した言葉」致知出版社 より引用



帯書きの『致知』の読者の声の中に、
「人生の教科書」である『致知』をこれからも愛読していきたい。
困難の責任を誰かに転嫁することなく、自分に何が足りなかったのかを自省し、
諦めずに前進していこうとする心の習慣が身についてきたのは『致知』のおかげです。

という投稿がありました。今後も『致知』から学んだ言葉を心の糧として、
私も精進してまいりたいと思います。


『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』 3月度

22.10.24

昨年の1月の「365人の仕事の教科書」に続き、
「365人の生き方の教科書」の中から、
私の心が熱くなった話をご紹介させて
いただいております。
最初にご紹介させていただいたのが、今年8月24日に
90歳で永眠されました稲盛和夫さんの
「知恵の蔵をひらく」でした。稲盛さんの言葉から
学ばせていただいた事は多々ありますが、
根底に流れているのはつねに「利他の心」でした。






人生を変えたロングフェローの詩
長野安恒 声楽家

私は小学校五年生の時、突然、バセドー病になりました。当時は治療法不明で、いくら食べても瘦せ細り、
毎日怯えていました。もう地獄でしたね。こんな思いをするぐらいなら死んだほうがマシだと、
教会に向かって石を投げたこともあります。そんな時、先人たちが残してくれた言葉に救われました。
石川啄木の歌に

はづれまで一度ゆきたしと 
思ひゐし
かの病院の長廊下かな


とありますが、病院の廊下って本当に長いんです。廊下の突き当りから先へは、病人は出ていくことが
できないからです。だからこの歌が身に染みて分かるんです。
他にも

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる



私のいた病院は海辺の崖の上に建っていて、砂浜へ下りる抜道がありました。私は食事時間以外は
逃げるように浜辺に行き、毎日ボーッと海鳥などを見ながら

潮かをる北の浜辺の
砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ
今年(いま)も咲けるや



などの歌を思い浮かべていました。

またその頃読んだのが、若山牧水の歌です。

幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく


など幼心にも堪らなく沁みました。そして後に私の生きる糧となった牧水の歌が

けふもまたこころの鉦(かね)をうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く

です。病気でも心だけは自由でいたい。心の鉦を打ち鳴らし打ち鳴らしつつ・・・・・。
これだ、これしかないと思いました。
その後、もう一人、ロングフェローという詩人に出会いました。
これは私が20歳の頃に学んだ詩ですが、彼は「人生の詩篇」で次のようなことを述べています。

「Tell me not,in mournful numbers 悲しげな歌を聴かせないでくれ。
人生は虚しい夢ではないのだ。眠っている魂にとっては虚しい夢かもしれないが、目覚めた
魂にとって人生は現実そのものである。その人生の成否を決めるものは、その人の心の中に熱情が
燃えているかどうかである。あなたの心臓は絶えず死に向かって葬送行進曲を打ち鳴らしている。
だからと言ってあなたは黙って屠り場に引かれていく家畜のようであってはならない。あなたは人生の
英雄であれ。戦うのだ。」

と。
ではなんのために、何を目指して戦うのか。彼は時間というものを砂浜に例えてこう言います。

「時の砂上に足跡を記せ。それは時間とともに波が消してしまうかもしれないが、あなたと同じように
人生の大海原で難破して傷ついた人が、それを見てもう一度生きる勇気を奮い起こせる様な足跡を。
そのためにあなたは生きているのだ。」


これだ、これで生きようと決心しました。その詩はこう締め括られてありました。

「だからいまどんな状況であったとしても虚しい夢を明日に繋ぐのではない。いま、いま行動せよ。
明日はいまより一歩でも先へ進んだ自分を見つけられるよう、いまを生きるのだ。努力しようでは
ないか。精いっぱい努力しよう。そして祈りつつ待つことを学ぼう」


言葉の力に圧倒され、涙が止まりませんでした。では自分の記すべき足跡とはなんなのでしょう。
まだ見つけきれてはいません。しかし、生きている限り、心の鉦は鳴らし続けるつもりです。


今年になってから私の心臓の葬送行進曲のリズムが
3回程、最初は1時間、2回目が4~5時間、3回目が12時間程乱れました。
お陰様でその後は乱れておりませんが、長野さんの
「時の砂上に足跡を記せ。それは時間とともに波が消してしまうかもしれないが、あなたと同じように
人生の大海原で難破して傷ついた人が、それを見てもう一度生きる勇気を奮い起こせるような足跡を。
そのためにあなたは生きているのだ。」

を胸に刻んで、葬送行進曲を打ち鳴らしていきたいと思います。




ブスの25箇条 --- 宝塚歌劇団の伝説の教え
貴城けい 女優

私が宝塚歌劇団を対談する一年程前だったと思います。ある時期から歌劇団の人ならだれもが目にする
場所に貼り出された一枚の紙。そこには「ブスの25箇条」とありました。
いつ、誰が、何のために貼ったのか、誰に聞いても分かりません(しかもいまは外されているという
からますますナゾです)。しかし、誰もがその張り紙の前で足を止め、見入っていました。

「こうするとブスになる」という、この二十五の戒めは、何も女性だけを対象としたものではなく、
人間としてのあるべき姿を逆説的に示したものではないかと思います。そして延(ひ)いてはそれが
人から愛され、運を呼び込むための資質といえるのではないでしょうか。

≪ブスの25箇条≫
・笑顔がない
・お礼を言わない
・おいしいと言わない
・目が輝いていない
・精気がない
・いつも口がへの字の形をしている
・自信がない
・希望や信念がない
・自分がブスであることを知らない
・声が小さくイジケている
・自分が最も正しいと信じ込んでいる
・グチをこぼす
・他人をうらやむ
・責任転嫁がうまい
・いつも周囲が悪いと思っている
・他人にシットする
・他人につくさない
・他人を信じない
・謙虚さがなくゴウマンである
・人のアドバイスや忠告を受け入れない
・なんでもないことにキズつく
・悲観的に物事を考える
・問題意識を持っていない
・存在自体が周囲を暗くする
・人生においても仕事においても意欲がない

夢や願望といった壮大なことではなくとも、「人としてよく生きたい、美しく生きたい」という
思いは、誰しもに共通したものだと思います。なんでもいいのですが、例えばこの「ブスの25箇条」
を読んで、まずは「自分ってどうなんだろう」と振り返ってみることが第一歩ではないかと思います。
最初はすべて当てはまっていてもいいのです。「よし、一つずつクリアしていこう」と決意し、実践する。
そしてそれを継続した人のみが成功し、必然的に運をつかむ人になるのではないかと思います。
一日でクリアできる人もいれば、十年かかる人もいるでしょう。しかし、自分の歩幅に合わせて、
少しずつでも前進していくことが、結果としてその人の人間力となり、魅力となる。そうなれば、
運のほうから自分のところへやってくるのではないかと思っています。




誰が書いたのか不明だそうですが、「こうするとブスになる」という25の戒めは、作者自身の
人生体験の中で生まれたのではないでしょうか?人間誰しも「人としてよく生きたい、美しく生きたい」
という思いがあると思います。そのためにはこの25の戒めは一つの指針となるのではないでしょうか?
貴城さんのように一つずつクリアして行きたいですね。





生きることが常に楽しみになる考え方
玄侑宗久 作家・福聚寺住職

禅では生死の世界ということをいうんですが、これは生まれたり死んだりを繰り返す変化の世界ですね。
だから生死は変化のことで、その変化を導く因果や縁起というのは、われわれがすべて見ることは不可能なんですね。

では、見えない因果や縁起に対してどうするか。それは、今日なら今日、この一時間なら一時間で
生まれて死ぬっていうふうに区切ってしまうことだと思うんです。独立した今日、独立した今であって、
連続していないと考えるわけです。その考え方を禅では「日々是好日」と言います。毎日毎日が独立して良い日
なんですね。

そう考えると、死というものは一日一日の中にある。例えば今日一所懸命何かをやるのも、将来の果報を期待して
我慢してやっているのでは、その先が来ないと納得できない。だから、今日やっていることのご褒美は今日もらって
しまう。つまり、今日一日とても楽しかった、素晴らしかったと思えば、今日のご褒美は今日全部もらえて、
例え明日は来なくてもチャラ。将来に貸しはないわけです。

よく檀家さんが亡くなった時に「これまでずっと働きっ放しで、これからいい時間をゆったり過ごせると思っていた
のに残念です」って家族の方が言うんですが、そういう“これから”っていうのは来ないんです。だから毎日毎日、
充分人生を楽しんだ、将来に貸しは残していないと言える状態にしていくべきじゃないかと思うんです。

そう思うために禅では「知足」(足るを知る)という言葉を用います。既に全部いただいて具わっているわけですからね。
私が男に生まれたことも、三春(福島県)に生まれたことも、例えば怪我したらその怪我したことも含めて、全部何か
意味があって起こっていることですし、過不足ないというふうに信じていれば不満を感じることもない。

で、時間を連続して捉えませんから、一生のうちのピークはいつだという考え方も私はしません。
例えば私はいま47歳ですけど、46年間待ちに待った年がいま来た、と考えるんです。65歳の人は64年間待ちに待った
最高のいまが来ているわけで、いつだっていまがピークなんです。欧米的な、計算能力とか、ロジカルな認識能力とか
いわば左脳の機能を中心にしたいまの社会生活の中では、五、六十代にピークが来てあとは衰えていくと思うわけ
ですが、そうではなくて、ドゥーイングが衰えても豊かなビーイングと接する時間がその後来るわけですから、
その意味では、人間というのは一生高まり続けていくと思うんです。

だから自分の人生に自分で物語を被せて不自由にすることはないと思うんです。自分には「既に
すべてが与えられている」ということ、そして「すべてのことは自分が何かを学び、深まるために
起こる」ということを自覚して、常にどう変わるかわからないいまを尊く生きることが人生の大切な
テーマだと思います。宇宙は進化し、私も進化し続けて、死の間際に最高潮に達する、と私は確信してますね。
だから生きることが常に楽しみなんです。


自分には「既にすべてが与えられている」ということ、そして「すべてのことは自分が何かを学び、
深まるために起こる」
ということを自覚して生きることが人生のテーマなのではないかと私も考えております。
人間は一生高まり続け、死の間際に最高潮に達する、と確信する事ができれば、生きることが常に楽しみになります。




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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』致知出版社 より

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』 6月度

22.09.26

人生で真剣勝負した人の言葉は詩人の言葉のように光る

「仕事の教科書」6月度の私の心を熱く燃やした3名の言葉を紹介させて
いただきます。



1.運は自分がこしらえるもの
宇野千代 作家

失恋して泣いたこともありますね。泣かなかったように書いたことも
あるけど、それはうそ。ただ、私は一人きりで失恋しました。
失恋した時に、よく他人に「あんな薄情な人ってあるでしょうか」と
訴えて歩く人がいるけど、あの方法では失恋は退治できませんね。
あの人は捨てられたんだなと笑われるのが、関の山です。
私は自分一人で誰も見ていないところで、目も当てられないほど、
わぁわぁ泣いてね。そうして一晩中、よじって泣いている間に体の中に
あったしこりみたいなものが発散して、ケロッと失恋の虫が落ちてしまうのよ。
そうして、お化粧して一番いい着物を着て街へ出るの。

あのね、失恋しやしないか、失恋しやしないかと思っていると、失恋するんです。だから、面白いですよ。
思う通りになるんですからね。だから、人生、いいように考えることが大事ですね。それがもうコツですね、
人生の。人生を渡るコツです。
私の弟が船乗りでしたが、一回でも舵を取るのをあやまって船を衝突させたことのある人には
その船会社では二度と船の舵をとらせなかったそうです。また衝突しやしないか、しやしないかと
思ってるとまた衝突するんですって。これは、ほんとに真理ですね。

運が悪いとこぼす人は、私、嫌いです。自分が運をこしらえるんだものねぇ。自分が悪いから運が悪いの。
前向きでいつも、自分は運がいい、運がいいと思うんですよ。思うことですね。
結局、失恋も運が悪いのも自分がもと。どんなにね、人から見て運が悪そうだとしても、ああ、私は運がいいなあ、
なんて運がいいんだろうと思っているとね、運がよくなる。

私は60歳の時にね、ニューヨークでものすごく感動したんです。ニューヨークの大通りを観光バスに乗って
見物していたら、私のすぐ近くに腰を下ろしていた一人の若い女性がきれいに化粧してね、花飾りのいっぱい
ついた帽子をかぶって、満面に笑みをたたえ、見るからに幸福でたまらないという顔をしている。よく見ると、
両手とも肩からすっぽり切り落とされたようになっているんです。それなのに嬉しそうな、
世にも幸福そうな顔をして、「私は両手とも肩からすっぽりと落ちています。でも、こんなによいお天気で
気持ちがよいのに、両手がないくらいのことで、この私が、幸福になってはいけない、とでもいうことが
あるでしょうか。人間は誰にでも幸福になる権利があるんではないでしょうか」とでも言ってるように
ほほえんでいる。あれだと、思いましたね。私は、この時の感動をいまも忘れないですね。


人から見て運が悪そうだとしても、自分は運がいいなあ、なんて運がいいんだろうと
思っていると運が良くなるのですね。両手が肩からなくても嬉しそうに、
世にも幸福そうな顔をしていた若い女の人も、きっと自分が不運だとは思っていないと
思います。人間は誰でも自分の心の持ち方次第で、幸福になれるのですね。




2.「くれない族」では幸せになれない
曽野綾子 作家

幸福に生きるためには大事なことはいろいろありますけどね、やっぱり、できたら与えることだと思います。
私は昔から「くれない族」と定義していますけど、青年でも中年でも「~をしてくれない」と言い始めた時から、
既に精神的な老化が進んでいる。それは危険な兆候だと思って、自分を戒めたほうがよろしいかもしれません。
他人が「~をしてくれない」と嘆く前に、自分が人に何かしてあげられることはないかと考えるべきです。
それから、以前インドへ行った時に、感じのいい日本の若者たちと出会いました。彼らは皆、自分で貯めた
お金を使って誰の迷惑も掛けずに、長期間インドを旅行していたんですけど、私と同行していた神父さんが
こう言ったんです。「彼らは少しも幸せそうに見えなかった」と。「どうしてですか?」と私が聞くと、
「彼らは自分のしたいことをしているだけで、人としてすべきことをしていないから」とおっしゃったんです。
自分のしたいことを自分の力ですると同時に、他社のためにさせていただくという気がない人間は大人とは
言えない。真に幸福な人生も生きられない。だから、七割は自分の楽しみ、三割は育てたいもののためにお金と
時間を使う。年を取れば取るほど、そういう人間になれるといいですね。

私はオペラが好きなんですけど、オペラの語源はラテン語で「仕事」っていう意味なんです。だから、オペラは
大勢でつくり上げる一つの仕事なんですね。主役はいるけれども、主役一人でオペラはできない。それぞれが
過不足ない役割を与えられて、その持ち場で丹誠を込めていくから素晴らしいオペラになる。
いまはそれを間違って考えて、自分のしたいことをすることが自己を育てることのように思う人がいるので
困りますね。自己を丹誠するにはまず一生かけていいという目的を持ってなきゃいけない。その目的に向かって、
どういう人間に自分を仕上げたいのか。人間はもちろん脇道に逸れる時間も必要ですけれども、やっぱり自分を
訓練していくと同時に、自分も他者のために、少し手助けする気持ちを持つことが大切です。



幸せに定義はありませんが、私は拓殖大学顧問の
渡辺利夫さんのお言葉「私的利益だけをいくら追求しても、結果として残るのは小さな自己満足だけ。
社会に貢献することによって得られる、心の底から脇です幸せは手にできません」を幸せの指針として
生きていきたいと思います。



3.破草鞋の公案
千 玄室 茶道裏千家前家元

「一切皆苦」という釈尊の言葉がありますが、生きていると時には死んでしまいたいと思うようなことも
あります。それでもこうして命をいただいて生かされていることに「ありがたいな」と感謝することが
大事です。その感謝の上で、いま目の前のことに全身全霊を込めて打ち込んでいくことです。
私も朝晩「きょうも生かさせていただいてありがとうございます」と神仏にお祈りすることを日課に
しております。これをすることによって自分の歩みを進めていくことができるんです。
しかし、私は自分がいくつまで生きようとか、もっと長生きしようといったことは一切考えたことが
ありません。昭和20年5月21日、出撃命令を受けて出撃しようとした途端、「出撃命令取り消し」と
待機命令を受けた。死ぬつもりでいたのが、引き下ろされた。その時の空虚感は98歳になるいまも
続いています。亡くなった戦友に対していまもなお本当に忸怩たる思いなのです。
いまも私の後ろには多くの戦友たちの顔があります。この頃は毎晩のように出てきます。靖国神社に
行っても「千よー」という声が聞こえてくる。しかし、そんな時、私の中でこういう思いも同時に
込み上げてくるんです。「これまで元気で長生きできたのは、仲間が生かしてくれたのだ。
仲間が自分の分も頼むぞと思って守ってくれた」と。私はそんな仲間の分まで頑張ろうと、
これまで一瞬一瞬を精いっぱい生きてまいりました。

若い時、後藤瑞巌老師からいただいた「破草鞋」という禅の公案があります。破れ草鞋という
意味なのですが、私はこの言葉を自分が履いた草鞋がボロボロになって裸足になったとしても、
それに気がつかないくらい歩き続けなさいという意味で捉えていました。ところが、
「それは答えになっていない」と。では何かと思ったら、「無」なのです。
つまり、破れ草履そのものすらないという無の境地、これが一つの答えでした。
人間は裸で生まれてきて裸で死んでいくじゃないか。無になってしまえ。
これが「破草履」の教えだったのです。

だけど、人間はなかなか無にはなれません。無になれないとしても、命ある限り生き抜いて、
自分の花を咲かせることはできます。
「三冬枯木花」という禅の言葉があるんです。12月、1月、2月の三冬、この一番寒い季節に立つ枯れ木が
花を咲かせる。「真冬の枯れ木に花なんか咲くはずがない」と思う人もいらっしゃるでしょうが、
とんでもない。枯れ木であっても、内に秘めたる力があれば花を咲かせることができるし、花を咲かせようと
する精進努力を忘れるな。これが人間の生き方というものだと近頃思います。
先代は「死んでからが修行だぞ。あの世に行っても修行だぞ」とよく申しておりました。
年齢を重ねる度にその意味がだんだん分かってくるようになりました。花を咲かせる力を持って
枯れていけたらどうだろう。98歳まで生かされてきたいま、その思いをしみじみと噛み締め、
ありがたく日々是好日で前向きの心で歩んでおります。


年を重ねるごとに命をいただいている事に感謝すると共に、
裸で生まれて裸で死んでいくのですから、悔いのない日々を送りたいと考えるようになりました。
後藤瑞巌老師のような無の境地にはほど遠いですが、私に咲かせることのできる花がある限り、
生き抜きたいと思っております。




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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』致知出版社より

『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』 2月度

22.08.25

人生で真剣勝負した人の言葉は詩人の言葉のように光る

「生き方の教科書」2月度の私の心を熱く燃やした3名の言葉を紹介させて
いただきます。

1.一ミリの努力、一秒の努力の積み重ね
井村雅代 アーティスティックスイミング日本代表ヘッドコーチ

オリンピック本番の一か月前には、過労を防ぐために練習量をうんと
減らすんですが、それまではとにかく選手たちを練習漬けにしました。
一般の人は一週間に五日、六日働いて休みますが、下手な選手は他の
人と同じように休んではダメです。上手な人が寝ている間も練習する
以外に上手になる方法はないんです。だから彼女たちには八日から
十日に一日休ませました。十日に一日の時はさすがの私も辛かったです。
選手たちはもっともっと辛かったと思います。私たちはそういう練習を
してきたんです。

私が練習中に最も使った言葉は「無理をしなさい」という言葉でした。いまの日本の
企業で「無理をしなさい」って言ったら大変なことになるようですが、そんなことを
言っている場合じゃないんです。下手な子は無理をする以外に強くする方法なんか
ありません。「無理をしなさい」「力を出しなさい」これはいまも私が一番使っている
言葉です。彼女たちには何とか私の思いを分かってもらおうと思ってたくさんの話しを
しました。プールサイドのホワイトボードに言葉を書いては消し、書いては消して
話しを聞かせました。例えば「練習は噓をつかない」「自分の可能性はこんなもんだろうと
小さく見積もりがちだけれど、他人はもっと高く評価してくれている。だから自分はもっと
できるんだ、可能性があるんだと言いました。

「頑張って当たり前」どんな質の頑張りをするかによって結果は変わるのです。
それから「心技体」の話もしました。スポーツでは心技体の三つを揃えようとしますが、
心技体なんか滅多に揃いません。だから、きょうの自分には何が欠けているか自分と
語り合いなさい。そして他の二つでそれを補いなさいと言いました。「私はもう限界です」
と言う選手には、「限界ってどこにあるの?指さしてごらん」と言うと、はたと
気がつきます。限界を決めているのは自分。限界なんてありません。「一ミリの努力」
という話もしました。きょう垂直飛びで四十センチ跳べた選手に、いきなり
五十センチ跳びなさいと言ったらハードルが高いと思うんですね。そこで、
あなたは明日四十センチと一ミリ跳びなさいと目標を設定してあげる。たった一ミリ
だったら、跳ぶ自身はあります。目標を達成する達成感と喜びも得られます。次の日には
さらにもう一ミリ高く目標を設定してあげる。それを続けることによって、
三か月と十日後には五十センチ跳べるようになっているんです。

オリンピックに出てメダルを取る。そういう大きな目標は持たなくてはなりません。
けれどももう一つ日々の目標がいるんです。日々の目標とは、一歩前への努力で
叶えられる目標。そんな小さな目標にも、大きな目標と同じだけの価値があるという
話を選手たちにしました。毎日毎日進化していくことが大事なんだ、一ミリの努力、
一秒の努力の積み重ねが大事なんだと繰り返し言って聞かせました。選手たちも、
「一日一ミリだけ、一歩だけ前へ行けばいいんですね。それなら私たちにもできます」
と理解してくれました。


井村ヘッドコーチが下手な子に言った
「無理をしなさい」「力を出しなさい」という言葉はいまの日本の企業ではNGかもしれませんが、
オリンピック選手に限らずどのような分野でもその道で一流を目指すなら、当たり前のことでは
ないかと思います。
そして「私はもう限界です」と言う選手に「限界ってどこにあるの?指さしてごらん」と言って
限界を決めているのは自分自身だということを気づかせ、「一ミリの努力」を目標設定してあげる
お話しにはとても考えさせられました。




2.文句を言う暇があったら勉強しろ
田中健一 東レインターナショナル元社長

私に目覚めるきっかけを与えてくださったのが、二十代後半に仕えた十歳年上の
課長であった。しばしば酒にも付き合わされ、怪気炎を上げる彼の姿を当時の
私は側でうんざりしながら見ていた。何か凄いお話をされていることは感じて
いたが、それをキャッチできるだけの問題意識がなかったのである。あの時の
お話しを少しでもメモしておけば、いまどれほど役立っただろうかと悔やまれて
ならない。それほど才気溢れる方だった。

ある日、その課長の自宅にお邪魔して飲んでいた時、私は「いつ営業に出して
くれるんですか」とつい愚痴をこぼした。すると彼は、ガラガラっと傍らの
押入れの戸を開き、置かれていた木箱を開けて見せてくれた。木箱の中には
びっしりとノートが詰め込まれており、その数は恐らく百冊はくだらなかった
であろう。

「お前は俺がいつも大ボラ吹いていると思っているだろう。しかし俺の話は
こういうものに裏付けられているんだ」
促されて開いてみると、まず課長自ら描いた紡績機の設計図が目に飛び込んできた。
そればかりではない、化学から経済まで、あらゆる分野についての図や数字が
びっしりと書き込まれており、彼がこれまでどれほど勉強を重ねてきたかが
ひと目で分かった。私は雷に打たれたようなショックを受けた。

課長は私におっしゃった。

「いいか、自分たちがつくったものが、どこへ売られて何に変わり、最終的にどういう
形で消費されるのか。そこにそれぞれどんな問題があるのか、分からなければ商売は
できない。文句を言う暇があったら勉強しろ」


酔いは一瞬で覚めた。
あの時目覚めたおかげで、私は他社との交渉の際、例えば原料が足りないという話に
なった時など、どのくらい原料があればどれだけ製品をつくれるか、その場でさっと
化学式を描いて計算することができる。相手も本気になって考えてくれるから、話が
実質的に進むようになる。

二十代の終わりにニューヨーク勤務になった時も、まだ1ドル=360円で日本品が
コスト競争力があった上に、私が商談で細かいことまで即答して先方の必要性に
具体的に対応できることが評価され、面白いようにお客様が増えた。日本の工場で
アメリカ向けに生産される製品の半分くらいを出していたほどで、会社での評価云々
よりも、とにかく商売が面白くて、面白くて、一心不乱に働いた。


当社が2年前から名古屋大学のベンチャー企業と共に開発を進めております
「血管内皮機能」をチェックする装置には、下記の機能があります。

①血管の平滑筋の緊張と弛緩をエラスチン特性(しなやかさ)とコラーゲン特性
(強靭さ)と共に血管容量をグラフ化する。

➁体積弾性率(血管の硬さの指針)を0~100%で表示する

➂拡張率(平滑筋の拡張能)を%で表示する

④閉口カフ圧と開放カフ圧を表示する。

それらを測定するだけでなく血管内皮機能を改善する装置も同時に開発を進めておりますが、
測定結果に基づきどのようにアドバイスするかの判断がとても重要になってきます。
田中さんの上司の課長さんではありませんが、当社の品質保証部長が長年種々の治療装置の
作用機序について勉強してきたお陰で血管内皮機能の改善に的確なアドバイスが出来るように
なりました。当社は常にオンリーワン・ナンバーワンの器械の開発を目指しております。
「血管内皮機能」測定システムの普及に役立つ知識をもっと勉強して的確なアドバイスを
するだけでなく、それらの貴重なデーターを共有化するシステムの構築も同時に進めて
まいりたいと思っております。



3.理不尽を吞み込む力
藤元聡一 東福岡高等学校バレーボール部監督

赴任当時の東福岡は県大会はおろか、地区大会で1~2回戦の状況でしたので、
失うものは何もありませんでした。なおかつ41校不合格通知をもらった後の
念願の高校バレーボールの指導者だったので、とにかく恩返しのつもりで
練習、練習、また練習の毎日でした。夜9時に体育館の電気が消えた後も、
外のグラウンドに車を持ってきてライトをアップにして練習していました。
当時、短時間の集中練習のほうが効果的という流れがありましたが、
僕は百本の集中より千本やった方が勝つと自分に言い聞かせて練習量で
勝負しました。これは26歳とまだ若かったからできたことかもしれません。

科学的といわれるいろいろな練習法を取り入れながら、飽きないように
練習を工夫することも大切ですが、飽きるほどの練習を飽きない心でやり抜く、
ということのほうが、もっと大切だと身をもって学び、僕なりのスタイルが
確立されていきました。

最初の頃、あまりの厳しさに35人ほどいた部員が5人まで減ったことがあります。
それでも残った選手たちは必死でついてきてくれましたね。最初は地区1回戦で
敗退していたのが地区のベスト8に残るようになり、次の代は県のベスト4に入りと、
監督3年目には全国大会に初出場できたんです。

苦しい時ほど人間の本性が出るという話は本当ですね。僕はこれを性根(しょうね)と
言っているのですが、苦しい場面に出くわした時に、逃げる者、投げ出す者、噓をつく者、
人のせいにする者、グッと堪える者、いろいろですが、グッと堪えながらも周囲に対する
慮りができてこそ周囲を感化できるし、そういう立ち居振る舞いができる人間を中心に
チームの絆が生まれてくるように思うんです。僕は練習を通してこの積極的忍耐心を
育てることをとても大切にしているのですが、そのために僕自身がトラブルメーカーと
なって部員の前に壁としてたちはだかっていきます。

人間は自分の理解を超えると理不尽に感じるものだと思います。また、人は“頭で理解”し、
“心で納得”するものだとも思っています。例えば練習中、何を言われているのか頭では
理解できるけど何となく腑に落ちない、納得できないという子がいるとしますよね。
逆に頭ではよく分からないけど、おやじの言うことだからやるしかないかと自分に言い聞かせて
やりきる子がいます。どちらの子が最終的に伸びるかというと間違いなく後者なんです。

この“理不尽を吞み込む力”も非常に大事な力の一つと考えています。なので僕は苦しい場面を
つくる時、あえて言葉で説明することはしません。苦しい場面を乗り越えるのに言葉で多く説明して
あげないといけない選手は、心の距離が遠い子であるように思います。

それはバレーボールに限ったことではないと思います。社会の大海原に出ると、
学生時代とは比べものにならないくらいの厳しさ、理不尽な出来事が待ち受けています。
その意味でも僕のスタイルはそのためのよきリハーサルになるのではないかと考えているんです。



苦しい場面に出くわした時出る本性(性根)としては、①逃げる者、➁投げ出す者、➂噓をつく者、
④人のせいにする者、➄グッと堪える者、いろいろだそうですが、練習中に何を言われているのかは
頭では理解できるけど何となく腑に落ちない、納得できない子より、頭ではよく分からないけど、
おやじの言うことだからやるしかないと自分に言い聞かせてやりきる子のほうが最終的に伸びる
という藤元監督のお話しで、常々頭で理解して心で納得する事が大切だと考えていた私は、
社会の大海原を乗り切るためには「理不尽を吞み込む力」も非常に大事な力になる事を学ばさせていただきました。

『そもそも民主主義って何ですか』宇野重規 著 より

22.07.28

「戦後生まれの私は、日本は民主主義国家だと学校で教えられ、
深く考えることもありませんでした。成人してからは
1971年のドルショック、1973年の第4次中東戦争から
1979年のイラン革命に端を発したオイルショック、
2008年9月のアメリカの有力投資銀行リーマンブラザーズの破綻を
契機として、世界的な金融不安が発生したリーマンショックなど、
大きな政治的・経済的な出来事が発生した時でも、日本の民主主義を
疑うことはありませんでした。
しかし、2019年12月に中国の武漢から始まった世界的なコロナパンデミックに
対する日本政府の対応と一部の専門家と医師の発言と共に、それらを
報道するメディアの偏った姿勢は公正ではないと感じ始めました。
その想いは意味の無いPCR検査の拡大のみならず、あくまで治験であり、
自主的な判断で決めるべきコロナワクチンの接種を社会的圧力により
子供達にまで広げようとする政府と、それを煽るようなメディアの対応は、
とても民主主義国家とは思えず、このままでは日本は何処に行ってしまうのかと
不安でなりませんでした。
そのような想いの中で本書と出合い、あらためて民主主義を考えると共に
令和臨調の発足を知り、日本の将来に微かな光が見えてきました。
皆様と一緒に日本の将来の為に「民主主義」について真剣に考えていきたいと
思っております。」




民主主義について前書を書いた後、多くメッセージを頂きました。そのなかに「民主主義は素晴らしい、でも難しい」
というものがありました。くださったのは、日本語を読むことができる海外の方です。その方は、自分の祖国のことを
念頭に置かれていたのでしょう。
「民主主義はとても素晴らしいものです。贅沢なものであり、その国を取り巻く外部条件や、経済状態が変化すると、
たちまち機能しなくなることがあります。また、ポピュリスト政治家によっても、民主主義はあっという間におかしく
なります。一人ひとりの国民が自立して、なおかつ恵まれた環境があって、はじめて民主主義はうまくいきます。
やはり民主主義はとても難しいものだと思います」とのことでした。
「民主主義は贅沢」という言葉に、頭をガツンと打たれた気がしました。

というのも、民主主義というと、この数年、ややもすれば否定的なことばかりが語られてきたからです。
「民主主義は決定に時間がかかり、パンデミックのような危機の時期にはふさわしくない」「民主主義がつねに正しい
わけではない。民主主義はしばしば過ちを犯す」「民主主義はもはや時代遅れだ。優れた政治家のレーダーシップと
決断が必要だ」などなど。
あたかも「もう民主主義はいらない」といわんばかりの言葉に、私たちは日々接しています。民主主義といわれた
ところで、その実感もなければ、手応えもない。そうだとすれば、民主主義のどこがありがたいのか、まったく
わからないというところでしょう。あるいは、書店に行っても「民主主義の死に方」や「民主主義の壊れ方」
といったタイトルが目につきます。

しかし、ここにきて、時代の変わり目を感じています。大きな転換期となったのは、ロシアによるウクライナ侵攻でした。
ロシア側にいかなる言い分があるにせよ。現代において武力による国境変更が認められるはずはありません。国際秩序に
対して責任をもつべき安全保障理事会の常任理事国による蛮行は、世界に衝撃を与えました。なぜこのような決定を
ロシアはしてしまったのか。誰もが感じたのは、独裁的指導者の恐ろしさでした。
独裁者が何らかの理由で暴走した場合に、それを歯止めをかけることは容易ではありません。民主主義を抑圧した体制は、
自国内の多様な意見を政治に反映することもできなければ、国際社会からの要請に応えることもできません。民主主義には
本来、一時的に間違った決定をするとしても、必ず自己修正能力があるはずです。(現在の政権と異なる意見や考えを、
完全に無視するわけにはいかないからです。)これに対し、独裁体制は、うまくいっているように見えても、いつの日か
必ず過ちを犯し、その場合に自らを修正する能力を持ちません。長い目で見れば、民主主義体制の方が必ず優位になる
はずです。
しかし、そのような民主主義は「贅沢」なものでもあります。いついかなる時代においても、そしてどのような国で
あっても、望みさえすれば必ず手に入るものではないのです。例えば、まわりを強力な独裁国家に囲まれていれば、
ひとつの国だけで民主主義を維持することは容易ではないでしょう。自国の内部で激しい対立が存在し、内戦になる
ような状況であっても、民主主義はなかなか存続できません。指示が混迷し、誰もが悲観的になり、無気力になって
しまえば、やはり民主主義は難しくなります。
民主主義とは、自分たちの社会を、自分たちで動かしていくことです。「自分が何をしても、どうせ社会は変わらない」
とみんなが思えば、その予言は、必ず自己実現的に成就してしまうのです。

残念ながら、現状の世界において、いくらも望んだとしても、直ちには民主主義を手にすることができない国々が
あることを、私たちは知っています。
間違いなく、民主主義は「贅沢」なものです。そして民主主義は容易に損なわれてしまう「なまもの」なのです。
その価値は、失われてみて、はじめて痛切に感じられるのでしょう。
しかし、それでは私たちは民主主義を、自分たちのものとして大切に育て、未来に受け継がれていくように努力している
でしょうか。一人ひとりが民主主義を担うにふさわしい、自立した思考をもつと同時に、異なる意見や考えに対しても
開かれた態度を維持しているでしょうか。
「贅沢」な民主主義をいまこそ大切にするために、この本を書きました。
「そもそも民主主義って何?」と考える多くの読者に、本書が届くことを願っています。そして、ともに民主主義を維持し、発展させていきたいと心から望んでいます。
もうひとつ、いただいたメッセージを紹介したいと思います。やはり民主主義について対談したときのことです。
イベントの最後に、視聴者の皆さんからコメントを受け付けました。その最後にこんな質問が届きまた。
「責任はひとりで引き受けると苦しいですが、仲間と分け合うことで、自分の暮らしとまわりの暮らしをより強く
柔軟なものにしてくれるように思います。それも民主主義のよさでしょうか?」。
そのときもそう答えましたし、いま改めてお答えしたいと思いますが、「その通りです」。

私は民主主義とは「参加と責任のシステム」だと考えています。
自分が参加し、決定したことだからこそ、責任をもつ、そのような一人ひとりの想いに支えられているのが、
民主主義です。逆にいえば、「自分は政治に参加していないし、だから責任をもてといわれてもピンとこない」と
誰もが思うのであれば、それは民主主義とはいえません。いまや民主主義が極めて危うい状態にあることは間違い
ありません。

でも、もし自分のまわりに仲間がいたら、そしてともに地域や国の課題に取り組んでいるという実感をもつことが
できたら、責任を分かち合うことはむしろ自分の力になってくれるかもしれません。「自分はどこにも属していない、
居場所なんてない」と思っている人がいるとすれば、そのような方にこそ、本書を手に取ってほしいと思います。
そして民主主義を担う「仲間たち」を見つけてほしいと思います。

2022年5月23日 宇野重規


『そもそも民主主義ってなんですか?』宇野重規 著 東京新聞社 より
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スティーブジョブズのスピーチから学んだこと「ぶっちの人生論」より①

22.06.09

スティーブジョブズのスピーチから学んだこと 「ぶっちの人生論」より

今から17年前、2005年6月12日、スタンフォード大学でのスティーブジョブズのスピーチより


1.決断をするということは、スティーブジョブズでさえも怖いもの

”当時は怖かったけど、後から振り返ると大学を辞めたことはこれまでで最良の決断だった。"


2.今の状況だけ見て判断しないこと

"大学生の時、今の自分と将来を結びつけることなんてできなかった。
でも10年後に振り返ってみると、過去と未来はしっかりつながってるんだってはっきりと分かる。
先を見ても分からないんだ。でも、後から振り返れば、すべてはつながってるんだ。
だから、今していることもいつかどこかで役に立つと信じるんだ。そうすれば、
例え道を外したとしても、自分のやりたいことをやっていいんだって自信を持てるよ。
"


"アップルをクビになった時は分からなかったけど、それは人生で一番良かったことだったって
後で分ったんだ。
"




人生で起きる事はすべて必然・必要・ベストだと言われています。
自分が信じた道を最善を尽くして進んでいけば、少なくとも後悔はしないですみます。




3.自分の人生、本当にやりたいことをやること

"仕事に費やす時間は人生の中でもとても大きなものだから、満足いく人生を送りたいなら
「これだ!」って思える仕事をしなきゃいけない。そして、そうなるためには自分が本当に
好きなことをやらなきゃいけない。まだそれが見つかってないなら、探し続けよう。
止まってはいけない。


時間は限られているのだから、他人に流されて生きるのはやめよう。「こうあるべき」という
考えにとらわれるのは、他人の意見に流されているということだ。心の声をしっかり聞くんだ。
そして、自分の心に従う勇気を持つんだ。自分がなりたい自分は、心がもうすでに知ってるんだ。
それ以外のことは大したことじゃないんだ。



4.明日死んでもいいように毎日を生きること

"「今日が人生最後の日と考えて生きれば、いつの日か確かにそうなる。」
この言葉を聞いてから33年間、毎朝鏡に向かって自分に聞いたんだ。
「今日が人生最後の日だったら、今日これからやることを本当にやりたいか?」ってね。
もしその答えが何日も続けて「No」だったら、それは何かを変える必要があるってことを
教えてくれてるんだ。"

"いつか死ぬってことを覚えておくことは、人生のさまざまな選択をする上で、
とても大きな助けになった。"




スティーブジョブズがこのスピーチをした時、彼はガンを克服した後でしたので、
自分の死を見つめた結果として「あと数十年は元気でいたい」と言いました。
しかし実際は、このスピーチの後、6年後の2011年にこの世を去りました。


「ぶっちの人生論」スティーブジョブズのスピーチから僕が学んだ5つのコト・詳しくはこちら




私も6年前、親友夫妻の突然の死に直面した時に、
なかなか受け入れることが出来ませんでした。私は健康に関してはそれなりの見識もあると自負して、
親友夫妻にも勧めて実践してもらっていただけに未だに消化できていない部分もあります。
私の人生もこれからどれ程なのか知れません。それだからこそ今日が最後の日となっても
悔いのない日々を過ごせたらと心から思っております。





≪スティーブジョブズの最後の言葉≫

億万長者としてすい臓がんのため56歳で生涯を閉じた彼が最期に残した五カ条です。

①あなたの子供に金持ちになるようにするのでなく、幸せになるよう教育すること。
そうすれば子供達は大人になったとき、世の中の価格にとらわれない真の価値のあるものが
ある事がわかるでしょう。

➁ロンドンの格言の一つ
「食事を薬と思って食べること。でないと薬を食事のように摂らなければならなくなる。」

➂あなたのことを本当に大切に思ってくれている人は、例えあなたを見捨てざるを得ない
100の理由があったとしても、見捨てないたった一つの理由を見つけます。

④人であることと、人として生きることとには、大きな隔たりがあります。
ほとんどの人がその本当の意味を理解していません。

➄あなたは生まれた瞬間から愛されています。そしてあなたは死ぬまで愛されるでしょう。
その中であなたはあなたの人生を生きるのです。





これが本当にスティーブ・ジョブズの最後の言葉かどうかの真偽は別として、
彼の人生をうかがい知れるような気がします。





『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』 1月度

22.05.20

シリーズ35万部突破した“仕事の教科書”の第二弾“生き方の教科書”
が発刊されました。帯書きには「日本人の心を熱く燃やす」とありますが、
そもそも日本人の心とは何なのでしょうか?
京都大学大学院教授 藤井聡さんは、
「いま日本人に足りないは義憤だと思います。
国民一人ひとりの不正義への義憤こそが、
日本が亡国の道から再び蘇るための最大の力になるのです」
とおっしゃっています。
一人の日本人として、今何を考え、何をなすべきなのかを考えながら
読ませて頂いた私の心に響いた
「日本心の心を熱く燃やす」お話しをご紹介させて頂きます。




1.まず自分の中の感情に打ち克て
山崎直子 宇宙飛行士

訓練しても実際に宇宙に行ける保証は全くないわけです。ゴールの見えない中でずっとマラソンを
続けているような日々でしたね。それでも最初の数年はまだよかったのですが、これが4年、5年と
経ってくると、本当に宇宙に行けるのだろうか、訓練を続けていて意味があるのだろうか、
という不安が頭をもたげてくるようになりました。

特に4年目の2003年、スペースシャトル・コロンビア号が空中分解をする大きな事故が起きて、
宇宙計画自体が不透明になってしまったんです。この事故では一緒に訓練をしていた仲間7人が
亡くなったこともあって、しばらくは呆然としていました。私は長女を出産した後で育児休暇中でしたが、
保育園入園も決まってそろそろ訓練に復帰しようか、と思っていた矢先の大事故でした。

アメリカの宇宙船が飛べないということで訓練計画も大きく変わりましてね。
私は長女を日本に残して急遽ロシアに行き、さらにアメリカに移って訓練を続けたんです。
飛べるのかな、飛べないのかなと思いながら、それでも訓練だけは重ねていきました。
このように自分の力だけではどうしようもない壁に直面した時に励まされ、支えになったのは、
高校の担任の小田川恭子先生が紹介してくださったある言葉だったんです。
20世紀のアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーが1943年、小さな教会で説教した時の祈りの言葉です。

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。


高校時代、この言葉をたまたま日記に書き残していて、大人になってそれを読み返した時、大きな力をもらいました。
いま自分ができること、変えられることが何かあるはずで、それをやっていくことで一歩一歩道に近づいていけるのかなと。
実際、私は「おまえたちが訓練するスペースシャトルは飛ばないよ」と何度も言われてきました。しかし、飛べるチャンスが
1%でもあるかもしれないと信じてやってきたんです。



ロシアでサバイバル訓練の時などによく言われたのですが、何かをやり続けようと思う場合、一番ネックになるのは
自分の感情だというんです。壁にぶつかって「嫌だ」「できるわけない」と思っても、いざやってみたら結構やり遂げられたりする。
だから大切なのはまず自分の中の感情に打ち克つことだと。

とはいっても、規模が大きくなればなるほど一人でやれることは限られていますから、次にはやはり幅広い意味で
協調することが大事だと思います。時に競争もあり、切磋琢磨もありなのですが、一つの目標が見えてきた時には
お互いに協調することでしょうね。

2年前より名古屋大学のベンチャー企業の依頼を受け
「血管内皮機能」の測定&改善装置の開発を進めております。
最初は治療機器の経験しかない当社が、測定機器の製造のお役に立てるのかと迷いましたが、
当社が培ってきたMCC(マルチカフケア)関連のノウハウを血管内皮機能の改善に生かせる事がわかり、
チャレンジさせて頂くことになりました。



2.会社がおかしくなる六つの要因
永守重信 日本電産社長

日本電産本社の一階奥に設置しているプレハブ建屋は、創業当時に作業場として使っていたものですが、
あれをご覧になった方の反応は半分半分に分かれるのです。涙を流さんばかりに感動される方と、
本社ビルの一番いい場所になんであんな汚いものを置くのだという方がいらっしゃって、おもしろいですよ。

私としては、創業期のあの厳しい時期を乗り越えてきたからこそ、ここまでこられたわけでね。
辛い時にそこへ行くと、あの時の苦しさに比べたらこんなものは大したことはないなと思い直して、
また元気を取り戻せるのです。

新入社員にも入社時に必ず見せますし、落ち込んでいる幹部がいたら、ちょっと見てこいと言うのです。
一番怖いのは、後から入ってくる幹部が昔の苦労を経験していないために、一流企業に入ってきたような感覚で
振る舞うことです。そういう人たちには口で言っても伝わりませんから、プレハブ建屋を見せるのが一番いいのですよ。

そこは建物だけではなしに、当初からの記録もたくさん残っていて、私自身が現場で懸命に仕事をする様子も
残っている。それを見ると皆ハッとするのです。逆に、それを見て感激しない人は、最初から採用しないほうがいいです。


やっぱり考え方が一致していないと今後のグローバルな戦いは勝てません。ただ頭がいいとか、経験が豊富だとか
いうだけではダメで、本当にその会社が好きだという人が集まってこないとしらけてしまいますね。

だから私は採用担当者に言うのです。最近は一流大学からどんどん入社してくるようになったけれども気をつけろよと。
一番大事なのは、日本電産という会社が好きだという人間、よく働くこの会社で自分も一緒に頑張りたいという人間が
集まってくることだと。一所懸命働くところから始まった会社なのに、ただ有名で給料も高いから入りたいとか、
役員として入ってきて威張り散らすような気持ちでやられると、会社なんてあっという間に沈んでいくのですね。

だいたい会社がおかしくなる要因の六つを挙げよと言われたら、一番はマンネリでしょう。
それから油断、そして驕り。人間はすぐこういう躓きをするのですが、この段階はまだ元に戻せるのです。
その次が妥協。震災がきたのだからしょうがない、円高だからしょうがないと妥協する。
これはもうさらに落ち込みますね。
次に怠慢です。頑張っても怠けても給料は一緒じゃないかとかね。
そして最後は諦めです。そんなこと言ったってできません、という考えがはびこってきた時は末期症状ですね。
最初の三つはそんな大敵ではないけれども、後の三つに陥ったらもう取り返しがつきません。

当社の企業理念「心地よいだけ、その場かぎりではなく根本治療につながる治療器
及び健康グッズの開発を目指す」に共鳴する社員と共に種々の製品を開発してまいりました。
今後も、マンネリ、油断、驕り、妥協、怠慢、諦めを自戒のキーワードとして
企業理念を守っていきたいと思います。




3.うさぎはなぜかめに負けたのか
四代目 三遊亭圓歌 落語家

私が、笑いを交えながら人生や経営、子育てなどについて、私なりの考えを盛り込んだ、いまの落語や講演の
スタイルを確立したきっかけを与えてもらったのは、遠縁に当たるジュポン化粧品本舗の故養田実社長です。
養田社長は若いころ、柳亭痴楽師匠に弟子入りし、落語家を目指した経歴の持ち主だけに、私の気持ちを
よく理解してもらい、「これからの時代、落語だけで食べていくのは難しいから、半分は落語、半分は講演にして
企業を回ってみたらどうか」と、いろいろな異業種交流会などに連れていってくださったのです。

私はここで学んだ多くの経営者の言葉や、本で読んだ中村天風、森信三、石川洋といった先哲の言葉にヒントを
得ながら、それをどう落語家の自分なりに消化し、人々を笑わせ、元気づけていけるかということに知恵を絞りました。
古典落語を基礎にこれらを取り入れた私の芸風の確立は、すなわち私の人生観の確立でもありました。

養田社長から教わった忘れられない話があります。私が真打ちになったのは昭和62年5月。
林家こぶ平さんと一緒の昇進でした。真打ちが発表されると、二人がいる部屋に一斉にマスコミが押し寄せたのです。
ところが、フラッシュを浴びたのはこぶ平さんだけ。数メートル横に私がいたのですが、
どこの社も見向いてもくれませんでした。考えてみれば、こぶ平さんは正蔵、三平と続いたサラブレッド、
一方の私は、いわば落語界には何の縁もない田舎生まれ、田舎育ちの駄馬でした。

私はくやしくて涙を抑えられなくなって走って外に飛び出し、電車に乗りました。
そこに偶然にも養田社長がいたのです。「歌さん、浮かぬ顔してどうしたんだ」と聞かれ、私は、理由を話しました。
すると養田社長はこう切り出したのです。
「うさぎとかめの童話があるだろう。うさぎは、どうしてのろまなかめに負けたのか。言ってごらん」
私は答えました。「うさぎにはいつでも勝てると油断があったのです。人生は油断をしてはいけないという戒めです」と。

養田社長は「本当にそう思っていたのか。零点の答えだ」と語気を強めて、静かにこのように話したのです。
「かめにとって相手はうさぎでもライオンでも何でもよかったはずだ。なぜならかめは一遍も相手を見ていないんだよ。
かめは旗の立っている頂上、つまり人生の目標だけを見つめて歩き続けた。
一方のうさぎはどうだ、たえずかめのことばかり気にして、大切な人生の目標をたった一度も考えることを
しなかったんだよ。君の人生目標は、こぶ平君ではないはずだ。賢いかめになって歩き続けなさい」

さらに養田社長は言葉を続けました。「どんな急な坂道があっても止まってはだめだよ。
苦しいときにはああ何と有り難い急な坂道なんだ、この坂道は俺を鍛えてくれているではないか、と感謝しなさい。
有り難いというのは難が有るから有り難いんだよ」と。私は社長のこの一言で迷いが吹っ切れたのです。
そして、自分の人生の目標に向かって黙々と歩き続けよう、と思ったのです。


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『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』致知出版社より



私もうさぎの油断とかめの最後まで諦めない心が勝敗を決めたと思っておりましたから、目からウロコでした。
製品開発の際についつい他社の製品と比較してしまいますが、当社の企業理念を忘れることなく、急な坂道にも決して止まることなく歩み続けて行きたいと思います。

人財の育成こそ企業発展の要なり 月刊『致知』より

22.04.19

累積二百億円超の個人資産を京都先端科学大学と附属高校に
投じて運営を引き受けられ、大学改革に乗り出された永守さんと、
4月より京都先端科学大学国際学術研究院教授に
就任された名和さんの対談の要旨をご紹介させていただきます。

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1973年、28歳の時に僅か4人で立ち上げた日本電産を、
一代で世界一のモーターメーカーに育て上げた永守重信氏。
経営者として既に破格の成功を収めた氏だが、2018年74歳にして
新たに挑戦を始めたのが、学校運営を通じての教育改革である。
豊富な経営体験から培われた独自の教育観について、
永守氏と共に人財教育に取り組んできた名和高司氏に繙いて
いただき、未開の高峰に挑み続ける永守氏のエネルギーの源を
探った。

人間の能力の差は通常2倍くらい。秀才まで入れてもせいぜい
5倍までですよ。しかし意識の差は100倍にもなる。



名和 理事長は常々、IQ(知能指数)よりもEQ(感性指数)、すなわち人間力のほうが
大事だとおっしゃっていますね。

永守 世間はIQばかり注目するんですけど、うちの社員を見ていると、IQが高いだけで、
素晴らしい製品を開発できる保証はないですよ。やっぱりEQのほうが大事。
IQは生まれ持ったもので、簡単には上がらないし、高い人と低い人の差はせいぜい5倍くらいしか
ありません。けれども、EQは磨けば上がるし、その差は100倍にもなる。だからIQの高い人を
探すよりも、EQの高い、もしくは高くなる性格の人を選んだほうが、会社は絶対うまくいくんです。
雑談力や人間性はこのEQと深く関わっていて、EQの高い人は人間関係をしっかり築くことが
できるから、営業をやればうまくいくし、開発をすれば上手に人心掌握をして多くの社員を
まとめることができるんです。
残念ながら、いまの若い人はEQを磨く機会がほとんどないんですね。子供の頃から塾に行かされ、
家庭教師をつけられ、勉強ばかりやっているし、少子化だからきょうだいの中で揉まれて
人間関係を学ぶチャンスもあまりない。だから学校の成績が良くて医者になっても、患者の
気持ちが分からないから、データだけ見て「あなたはあと6か月の命だから」と平気で言ってしまう。
いまの学校は、「教」知識を与えられるだけで「育」人を育てることをしていない。
これは教育じゃないですよ。だから私の大学では、人の気持ちが分かる、EQの高い、
人間力に満ちた人財を育てたいんです。

私は、これから求められるのは「3P」だと考えています。
一つはプロアクティブ。これは自分から進んで仕事ができる人財。
それからプロダクティブ。生産性の高い仕事ができる人財。
そしてプロフェッショナル。やっぱり自分の専門を持たなきゃいけない。

日本電産の三大精神は「情熱、熱意、執念」
「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」
理事長の発信される言葉はどれも強烈に心に刺さるものばかりです。


名和 頭でっかちではダメだというのが、理事長の持論ですよね。
これはやっぱり、人を動かしてなんぼの経営の世界で戦ってこられた理事長だからこその
実感ではなかろうかと思います。例えば、京都大学の山中伸弥先生は、世界中の人から応援され、
支えられてiPS細胞の研究をなさっていますが、これはやはり山中先生が高い人間性の持ち主だからだと
思うんです。一緒に歩んでいきたいと思われるような人物でなければ大きな仕事もできないというのは、
長年経営の修羅場に身を置いてこられた理事長の実感だと思いますし、だからこそそういう人財を
育てていきたいとお考えになるのだと思うんです。

京都先端科学大学にお邪魔すると、学生たちが和気藹々とキャンパスライフと楽しんでいる様子が
伝わってきます。ただ知識を詰め込む授業ではなく、実験などを通して他の学生とコラボレーションしたり、
チームワーク力を養ったりする機会をたくさん設けられていて、仲間と一緒に何かをしたいという気持ちを
育むことを重視されていることが分かります。

理事長はその一方で、EQだけでもダメだとおっしゃっていますね。人間性さえよければいいと思うと、
どうしても甘さが出てしまう。やはり、現実の厳しさを乗り越えていく努力や執念はどうしても必要ですよね。


永守 もちろんEQだけじゃダメです。当社の三大精神の一つは、「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」
ですけれども、そういう気概とか執念、あるいは向上心が強いとか、負けず嫌いであるとか、
そういうものは不可欠ですよ。
当社で優れた開発をしている社員は、必ずしも一流大出身とは限りません。
一流大出身でなくとも優秀な社員はたくさんいます。
だから私は、玉露のカスより番茶の上等だと言うんです。
一流大学のカスより活躍する、上等な番茶を目指そうと。


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月刊『致知』2022年4月号より抜粋



1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 5月度

22.03.29

「一流 プロフェッショナル、365人が贈る 仕事のバイブル」

繰り返し味わいたくなる感動がある。
繰り返し口ずさみたくなる言葉がある。


昨年10月に引き続き、本書365人の5月度のお話しの中から、
コロナそしてウクライナ危機という死中の今、私の心に
響いた言葉をご紹介させて頂きます。





1.成功する人は脳に何をインプットしているのか
西田文郎 サンリ会長

世の中には大きく分けて二種類の人間しかいません。どうせ自分なんて
こんなものだよと思って生きている「否定的錯覚型」と、
本田宗一郎さんのように、小さな町工場の親父であってもみかん箱の上に
乗って、「世界のホンダになる!」と叫んでいるような「肯定的錯覚型」。
たとえ何回躓いても「次はできる、自分はできる」と、そういう錯覚が
ずーっと続かない限り、絶対に成功者にはならないんですね。
だから、要するに成功者とは何かといえば、常識で考えれば99%は無理だと思われることを
「絶対にできる!」と思っている、ただの”アホ”なんです。
私は、仲間の経営者の方々と集まって夢を語り合う「アホ会」というのを長いことやらせて
いただいているんです。アホの定義は、「不可能なことはない!」と思っていること、
そして人を喜ばせることが大好きなこと。だから当日会場にきたらマイナスな言葉は一切禁止
にして、仲間がどんなとてつもない夢を語っても「おまえらならできる!」と言わなきゃいけない。
アホ会では「あんたは日本一のアホだ」と言われると、みんな大喜びです。


一部上場企業の社長もたくさんいます。
最近でこそイメージトレーニングが重要だということは十分認知されていますが、
僕は1970年代から取り組んできました。
当時日本の有名大学に「参考になるような話を聴きたい」と電話をしましたが、
脳の病の研究はしていても、機能研究はやっていなかった。だから本当に手探りで始めて、
最初の8年間は失敗ばかりでした。しかしその間、何十万人という方々のデータをいただき、
それが後の大きな財産になったんですね。
皆さんに必ず何項目かの設問に答えていただくのですが、育ちも生まれも仕事も違いますから、
当然違うところに〇をつけるわけです。ところが、成功している人はみんな同じところに〇をつけている。
その一つが、
「自分には運があると思う」
というところだったのです。ああ、そうかと。脳は10万台のパソコンよりも高性能ですから、
脳に「自分は運がある、ツイている」というソフトが組み込まれていれば、目標をインプットすると、
こうしたらできる、ああしたらできると、「できる」ことばかりがイメージとして浮かんでくるんです。
そういう状態であれば、確かにイメージトレーニングも効果的です。
しかし、脳に「ツイていない」というソフトが組み込まれていると、過去の体験から「できなかった」
「やっぱり無理」といったトラウマばかりが検索され、できない姿ばかりがイメージされる。
だから成功するには、まずは脳を「自分には運やツキがある」というソフトに替えないといけない。
そのことに気がついたのです。
本当に優秀な人たちには、共通して運を感じる力「運感力」というものがあるんです。で、運があると
感じている人間は、根拠のない自信を持っているんです。根拠があれば自信なんて誰でも持てますから。

いつ頃からか「私は運が良い」と思うようになっていました。
来月には後期高齢者となりますが、年を重ねる毎にその思いは強くなっております。
周りの人からも私はよく、
「良い人とめぐり逢える運が強い」と言われておりました。
確かに、良い人との出合いは、努力したら叶う事ではありませんから、やはり「私は運が良い」としか思えません。
では、どうしたら運が良くなるのでしょか?
私は「良い事も、悪い事もない!すべての事に感謝できる心」が大切ではないかと思っております。



2.知恵を富に換えるのが仕事
林野宏 クレディセゾン社長

結局、成功するために何が必要かと考えてみると、自分が夢中になれることを仕事にするか、
与えられた仕事に夢中になるか、しかないんですね。大多数の人は後者でしょうから、
やはり自分で努力して仕事に喜びや楽しみを見出したり、会社を好きになることがまず必要です。
そして学校で教育をうけたり、本を読んだり、人からいろいろなことを教わったりして得た知識。
そういう知識、情報、経験を、「知恵」に置き換えるわけです。そしてアクションを起こすことに
よって、その知恵を「富」に置き換えるプロセスを、私は仕事と呼ぶのだと思います。
いくら知恵をつけても、それをお金に換えるところまでやらなければ仕事とはいえません。

それで、大半の人は人間の能力を頭の良し悪しだと考えてしまいがちなんですが、
そんなことは全然関係がない。私が思うに能力とは、目標を達成するために
「情熱を持続させる力」なんです。
一枚でも多くカードを獲得するにはどうしたらいいか、と何につけても考える。
セゾンカードにはこういう特典があって、デザインはこうだとか、お客様から見た時の
お得な印象・・・・、割引が付いているとか、ポイントに有効期限がない、といった要素によって
カードが選ばれていくわけです。自分が使うなら、サインレスだったらいいな、とか。
ところが、サインをするのが業界の常識だし、サインレスなんてしたら「俺は使ってないよ」
と後で言う人が出てきて大変なことになるぞ、と大騒ぎする人がいる。

実際に私もサインレスの導入時、同業他社や弁護士から呼び出しを食らい、
「何を考えてるんですか!?」と言われました。でも「顧客数を拡大して取扱高を増やせば
そのリスクは防げるし、むしろお釣りがくるくらいだ。お客様の利便性が図られて
こんなにいいことはない」と譲りませんでした。
反発されるのは、あくまでも業界の中で平準化された事柄なんです。これを壊す。
だから資本主義の本質とは、「創造的な破壊だ」と思うんです。お客様にとっての
利便性が図られることならば、それを阻止する規定や固定概念はすぐに壊してしまった
ほうがいいと思います。


私は縁があって医療業界に職を得て、その後必要に迫られて製品開発に携わるようになり、
それが今では天職とさえ思えるようになりました。私が製品開発の際に一番大切にしているのは、
自分が患者の立場になった時に、その製品を使用したいと思うか?どうかです。
林野社長がお客様の利便性を第一に考えて、業界の常識や固定概念に囚われずに
果敢にチャレンジする精神を私はこれからも大切にして行きたいと思います。



3.人生はあなたに絶望していない
永田勝太郎 公益社団法人国際全人医療研究所 理事長

ある時大病を患って、突然歩けなくなってしまったんです。何だろうと思っているうちに
立つこともできなくなって寝たきりになり、ベッドのそばにあるトイレにすら自分の力では
行くことができなくなりました。薬の副作用のため、抹消から筋肉が萎縮し、力が抜けていく
という病気でした。
そういう状況の中で、頭の中では何を考えていたかというと、人間は死を受容できるのか
ということでした。自分が間もなく確実に死ぬと思っていましたから、毎日毎日天井を
見ながらそのことばかりを考え続けました。ただその時に、あの世はあるかということは
思わなかった。自分がもし万が一生きられたらって、いつも思っていましたね。
つまり、死んだらどうなるかということよりも、生き延びることができたら、自分の人生を
何に使おうかと考えたわけです。だから僕も楽観的だったと思うんですが、散々悶々と考えた
揚げ句に出た結論は、俺は死を受容できないということでした。受け入れられないから、
もし死んだら化けて出るだろうと。だったら生きるしかないだろうと思うようになったんですね。

ところが病状は日に日に悪化し、ペン1本すら重たくて持てない。眠るたびに酷い悪夢に襲われ、
全身汗だくになって目が覚める。僕が倒れたのはヴィクトール・E・フランクル先生が亡くなった
翌年の一九九八年だったんですが、僕はとうとう彼の奥さんにこんな手紙を書きました。
「エリーさん、さようなら。僕はいま死ぬような大病を患っているんだ。
もう二度とウィーンの街を歩き回ることもないだろう。これから先生の元へ行きますよ」
そしたらエリーさん、慌てて返事をくれましてね。
「あなたがそんな病気でいるなんて、とても信じられない。私は医者ではないから、
あなたに何もしてあげることはできない。けれども生前、ヴィクトールが私にいつも
言っていた言葉をあなたに贈ろう」

この言葉が僕を蘇らせてくれたんですね。
「人間だれしもアウシュビッツ(苦悩)を持っている。しかしあなたが人生に絶望しても、
人生はあなたに絶望していない。あなたを待っている誰かや何かがある限り、あなたは
生き延びることができるし、自己実現できる」
この手紙を僕は何百回も読み返しました。そうして考えたのは、いまの自分にとっての
生きる意味とは何だろうということでした。そして考え続けた結果、「あなたを待っている
誰かや何か」の焦点は私にとっては医学教育であり、生きる意味は探せばちゃんとあるのだと
感じたんです。
それから私はよし、と気合を入れ直してリハビリに専念し、毎日鍼治療も受けました。
さらに漢方薬や温泉療法なども行って、二年後には奇跡的に職場復帰まで果たすことが
できたんです。エリーさんのあの言葉がなかったら僕はいまここにいませんよ。

先月の「会長の思い」でご紹介させて頂いた田坂広志さんは32歳のとき、
医者から「もう長くは生きられない」と宣告されましたが、ある禅師の
「人間、死ぬまで命はあるんだよ!」
「過去は無い。未来も無い。有るのは、永遠に続く、いまだけだ。
いまを生きよ!いまを生き切れ!」という言葉が胸に突き刺さり、
そのように生きようと覚悟を定めた瞬間、病を超えられたそうです。
永田さんは「あなたを待っている誰かや何か」に気づかれて、
奇跡的に職場復帰まで果たすことができました。
お二人に共通する言葉が「死中活あり」ですね!




「死中活あり」 Ⅱ 到知出版 月刊「到知より」

22.02.24

いまを生きよ いまを生き切れ
多摩大学大学院名誉教授 田坂塾 塾長 田坂 広志

世界はいま、コロナ危機という死中にある。
出口の見出し難いこの長いトンネルを、私たちはいかに歩んでいけば
よいのだろうか。豊富な経営体験にもとづき、より良い人生や仕事を
全うするための心の技法を唱導する田坂広志氏に、若き日の大病の
体験を交え、この死中に活を見出すために求められる覚悟について
お話しいただいた。









今回ご紹介する田坂広志氏のお話しは多少長くなりますが、
私は何度も読み返して、心からの感動と共に、不思議な安心感に
包まれました。どうぞ最後までお付き合いくださいましたら幸いです。



■絶望の底で得た気づき、生死の境で掴んだ覚悟

三十二歳のとき、私は重い病を患い、医者から「もう長くは生きられない」との宣告を受けました。
医者から見放され、自分の命が刻々失われていく恐怖と絶望の日々、両親は私に、ある禅寺に
行くことを勧めました。藁をも掴む思いで、その寺に行きましたが、そこには何かの不思議な
治療法があるのでは、との期待は、すぐに打ち砕かれました。
寺を訪れると農具を渡され、ただひたすら畑仕事で献労をすることが求められたのです。
明日の命も知れぬ自分が、なぜこんな農作業をやらねばならないのか。
そう思いながら鍬を振り下ろしていると、不意に横から「どんどん良くなる!どんどん良くなる!」
と叫ぶ声が聞こえてきました。見ると一人の男性が懸命に鍬を振り下ろしている。しかし、その足は
大きく腫れ上がり、ひと目で腎臓を患っていることが分かりました。
休憩時間に声を掛けると、その男性は言いました。「もう十年、病院を出たり入ったりですわ。
一向に良くならんのです。このままじゃ家族が駄目になる。自分で治すしかないんです!」
その覚悟の言葉が胸に突き刺さってきました。そして、その瞬間、一つの思いが沸き上がってきました。
「そうだ、自分で治すしかないんだ!」それまで自分は、医者が治してくれないか、この寺が何とか
してくれないかと、常に他者頼みであり、自分の中に眠る無限の生命力を信じていませんでした。
それが最初の気づきでした。

それから数日後、山の中腹の畑を耕しに行くことになりました。
当番になった私が仲間に農具を配り終え、先に出発した仲間を追って山道を登り始めると、
思わず言葉を失う光景を目にしました。
それは、足を患っている献労仲間の老女が、鍬を杖にして、山道を必死に登っていく姿でした。
農作業はおろか、歩くことすら困難なのに、不自由な足で、鍬にすがりながら山道を
登っている。しかし、その後姿から老女の覚悟の声が聞こえてきました。
「たとえ畑に辿り着けなくとも良い!私は全身全霊、この命を振り絞って登り続けます!」
私は思わず心の中で手を合わせ、「有難うございます。大切な事を教えて頂きました」と
念じながら横を通り過ぎていきました。

■「人間死ぬまで命はあるんだよ!」

その献労の日々を続け、寺の禅師との接見がかなったのは、ようやく九日目の夜でした。
禅師は、力に満ちた声で私に聞きました。
「どうなさった」「はい、実は・・・」
私は堰を切ったように苦しい胸の内を吐き出しました。・・・・・
禅師はきっと、何か励ます言葉をかけてくれるに違いない。そう期待しながら
語りました。私の話を聞き終えて、しばしの沈黙の後、禅師は言いました。
「そうか、もう命は長くないか」「はい・・・・・」
その後、禅師は、腹に響く声で力強く、こう言ったのです。
「だがな、一つだけ言っておく。人間、死ぬまで命はあるんだよ!」
一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。当たり前のことを言われた気がした。
しかし禅師は続けてもう一つ、力強く言葉を語ると、接見を終えました。
私は部屋を出て長い廊下を戻りながら、禅師の言葉を思い起こしました。
その瞬間、突如、気づいたのです。
そうだ、禅師の言う通りだ!人間死ぬまで命があるにも拘らず、私はもう死んでいた!
どうしてこんな病気になってしまったのかと「過去を悔いる」ことに延々と時間を使い、
かけがえのない、いまを生きてはいなかった。
その瞬間、禅師が続けて語った言葉が、心に甦ってきたのです。

「過去は無い。
未来も無い。
有るのは、
永遠に続くいまだけだ。
いまを生きよ!
いまを生き切れ!」


この言葉が胸に突き刺さってきました。そして、このとき、私は、
一つの覚悟を心に定めたのです。

「ああ、この病で、明日死のうが、明後日死のうが、もう構わない!
それが天の定めなら仕方ない。しかし、過去を悔いること、未来を憂うることで、今日という
かけがえのない一日を失うことは、絶対にしない!今日という一日を、精一杯生き切ろう!」

そして、そう覚悟を決めた瞬間、私は病を超えたのです。もとより、奇跡のように病が治った
わけではない。しかし、心が病に囚われなくなったのです。・・・
その結果、不思議なことに病の症状は十年続きましたが、最後は病が消えていったのです。

■病とは福音なり 逆境とは好機なり

しかし、私が得たものは、それだけではありませんでした。
病を超える生命力の横溢とともに、自分の中に眠っていた様々な才能が開花していったのです。
そして、さらに、不思議なほど良い運気を引き寄せるようになったのです。・・・
しかし、それらは、すべて、この生死の体験で掴んだ「いまを生き切る」という覚悟と生き方が
引き寄せたものと思っています。
世に「病とは福音なり」という言葉がありますが、病気になることは一見不運なことのようで、
実は幸運の兆しでもあるという人生の深い真理を教える言葉です。
私の人生は、まさに、この言葉が真実であることを教えてくれています。
いや、それは、私だけではない。我々が、この言葉を信じて歩むならば、人生で与えられる
逆境とは、実は成長の機会であり、危機とは、実は好機なのです。
いま、世界はコロナ禍という死中にあります。そして、この未曽有の危機と逆境の中で、
多くの経営者が悪戦苦闘を余儀なくされ、多くの人々が、心理的不安と経済的苦境の中にあります。
しかし、冒頭に述べた私の体験から申し上げるならば、どれほどの危機も逆境も、我々の覚悟次第で、
好機に転じることができるのです。死中に活を見出すことができるのです。
では、どうすれば、人生の危機や逆境を好機に転じることができるのか。
そのための方法としては、古今東西、ただ一つのことが語られています。
それは、心に「ポジティブな想念」を持つことです。

その理由は、三つあります。

第一は、喜びや希望、安心や感謝などのポジティブな想念に包まれると、
生命力が横溢し逆境を越える力と叡智が湧き上がってくるからです。

第二は、ポジティブな想念を抱いていると、自分の周りからネガティブな
想念の人が離れていき、ポジティブな想念の人が集まってくるからです。

第三は、ポジティブな想念を持っていると、自然に悪い運気が去っていき、
良い運気を引き寄せるからです。

■心にポジティブな想念を持てない「本当の理由」

しかし、このことは、誰もが分かっていながら、実は、心にポジティブな想念を持つことは、
決して容易ではありません。
その理由は、我々の心には、「双極性」という厄介な性質があるからです。
すなわち、我々の心は、あたかも電気のように、プラスの電荷が生まれると、同じだけマイナスの
電荷が生まれるのです。
それが古今東西、多くの書籍で「ポジティブな想念を持てば、良い運気を引き寄せ、良き人々が
集まり、生命力と叡智が湧き上がってくる」と語られながら、それを実践することがなかなか
できなかった、本当の理由です。
では、どうすれば良いのか。
この「心の双極性」の問題を超え、心にポジティブな想念を持ち、目の前の逆境を越えていくためには、
どうすれば良いのか。
ここでは、その要点を述べておきましょう。
それを一言で述べるならば、ネガティブな想念が生まれない
「絶対肯定の人生観」を定めることです。
では、その人生観とはどのようなものか。

絶対肯定の人生を掴む「五つの覚悟」

それは、次の「五つの覚悟」を定めた人生観であり、「絶対肯定の逆境観」
とも呼べるものです。

◎第一の覚悟は、
「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」と信じることです。


ここで「大いなる何か」とは、神、仏、天など、人智を超えた存在のことですが、
古今東西の一流の人物は、例外なく、大いなる何かの存在と導きを信じることによって、
様々な逆境を越え、素晴らしい人生を拓いています。
しかし、それは一流の人物だけではありません。誰にも、「あの人と出会ったことで、
人生が好転した」「あの出来事があったから、進むべき道が見えた」
といった体験はあるでしょう。そのことに気づき、自分の人生は大いなる何かに
導かれていると覚悟を決めた瞬間に、心の中に「不思議な安心感」と
呼ぶべきポジティブな想念が広がっていくでしょう。

◎第二の覚悟は、
「人生で起こること、すべて、深い意味がある」と考えることです。

この覚悟を定めると、自然に心の中に、「この逆境は何を意味しているのか?」
「大いなる存在はこの逆境を通じて何を学べと言っているのか?」
という問いが生まれてきます。そして、この問いを抱くとき、いかに
「悪しき出来事」と思える逆境にも、我々の人生を導く「良き意味」
があると考えられるようになります。そして、人生で与えられる、
いかなる逆境にも、大切な意味があると受け止めることができるならば、
心の中の後悔や慚愧、不安や恐怖などのネガティブな想念は、
自然に消えていきます。

◎第三の覚悟は
「人生における問題、すべて、自分に原因がある」と引き受けることです。

なぜなら、自分以外に原因があると思うと、ネガティブな想念が湧き上がって
くるからです。仕事で失敗に直面したとき、「あの部下がミスをしたからだ」
と考えた瞬間に、心の中に、批判や非難、不満や怒りといったネガティブな想念が
生まれてしまいます。
ここで、自分に原因があると「引き受ける」ことは、決して自分を責めることでは
ありません。それは、自分に原因があると受け止めることによって、自分の成長の
課題に気がつき、さらに大きく成長していけると考える、極めてポジティブな想念
なのです。

■「大いなる何か」が自分を育てようとしている。

◎第四の覚悟は逆境に直面したとき、
大いなる何かが、自分を育てようとしている」と受け止めることです。

すなわち、「いま、大いなる何かが、この逆境を与えることによって、自分を
成長させようとしている。そして、その成長した自分を通じて、素晴らしい何かを
成し遂げさせようとしている」と受け止めることです。
その解釈ができるならば、それは、いかなる逆境も肯定的に捉える「絶対肯定の逆境観」
に他なりません。

◎第五の覚悟は、
「逆境を超える叡智は、すべて、与えられる」と思い定めることです。

誰しも逆境に直面すると「この問題は解決できるだろうか」という不安や無力感に包まれ、
ネガティブな想念に囚われてしまいます。そのとき「大いなる何かが、自分を導いている。
されば、この逆境を越える叡智は必ず与えられる」と深く念じるならば、不思議なほど
心が静まり、勇気が湧き上がってきます。

以上が、「絶対肯定の人生観」と「絶対肯定の逆境観」を定めるための
「五つの覚悟」ですが、この覚悟を定めると、人生において与えられる様々な苦労や困難、
失敗や敗北、挫折や喪失、病気や事故、そうしたすべての逆境を肯定的に受け止める視点が
定まります。そして、その結果、心がポジティブな想念で満たされるため、生命力と叡智が
湧き上がり、良き人々が集まり、良い運気を引き寄せるようになります。
特に、この「良い運気」という意味では、逆境を越えるきっかけとなる「不思議な偶然」が
しばしば起こるようになります。

■「使命」とは「命を使う」こと

しかし、この「絶対肯定の人生観」を身につけるためには、ここまで述べてきた
「逆境観」と「五つの覚悟」を定めることに加え、さらに二つ、大切な人生観を
身につける必要があります。

・その一つが「死生観」です。
私が若い頃に薫陶を受けた、ある経営者は、重大な経営危機に直面したとき、
部下に対して、「命取られるわけじゃないだろう!」と語り、彼らを鼓舞して
危機を脱しました。この経営者は、太平洋戦争で死の淵から生還した体験を持ち、
死生観が定まった人物でしたが、その言葉には「生きているだけ有り難い!」
という感謝と絶対肯定の精神が宿っていました。

・もう一つ大切なことは、「使命観」を持って生きることです。
この「使命」という言葉は素晴らしい言葉。なぜなら、それは「命を使う」と
読めるからです。そして、「自分は、この仕事を通じて世の中に光を届けよう」
「自分は、この仕事に人生(命)を捧げよう」と思い定めている人は、
いかなる逆境がやってきても強い。
それゆえ、もし経営者やリーダーが、本気で社員や部下に、事業や仕事の志や
使命観を語るならば、社員や部下もまた、ポジティブな想念を抱き、逆境を越える力と
叡智が湧き上がってくるでしょう。

■絶対肯定の想念を掴む、「二つの祈り」

以上述べた「逆境観」「死生観」「使命観」を定めることができれば、
我々は「絶対肯定の想念」を身につけることができるでしょう。

しかし、こうした「絶対肯定の想念」を、さらに確固としたものとして
身につけるためには、日々、行うべき習慣があります。

それは「祈り」の習慣です。
ただし、ここで言う「祈り」とは、大いなる何かに、こうして頂きたい、
ああして頂きたいと願う「願望の祈り」ではありません。そうした祈りは、
心の双極性がゆえに、必ず、心の中に「この願望が実現しなかったらどうしよう」
というネガティブな想念を生み出してしまいます。
それゆえ、私が田坂塾において塾生に勧めているのは、すべてを肯定する
「絶対肯定の祈り」です。この祈りには、二つあります。

・一つは、すべてを大いなる何かに委ね、ただ「導きたまえ」と祈る
「全託の祈り」です。


・もう一つは、いかなる逆境が与えられても、ただ無条件に「有り難うございます」
と祈る「感謝の祈り」です。


この二つの祈りを日々の習慣とするならば、必ず「絶対肯定の想念」が身についてきます。
さて、こう述べてくると、「死中に活あり」という言葉の真の意味が理解できるでしょう。
この言葉の真の意味は、「この逆境においても活路を見出す」という受け身の意味ではありません。
それは、「天が与えた逆境においてこそ、人生の活路を見出すことができる」という
絶対肯定の意味に他ならないのです。


引用:月刊「致知」より



田坂広志氏の著書をご紹介いたします。
『すべては導かれている』(小学館)
『運気を磨く』『運気を引き寄せるリーダー七つの心得』『人間を磨く』(いずれも光文社新書)など

『学問のすすめ』 いつか読みたかった日本の名著シリーズ①

22.01.14

2013年の5月から毎月1回を目標として始めました「本日の視点」でしたが、
お伝えしたいことが思い浮かばなかったり、又忙しさにかこつけたりで、
ノルマは果たせませんでしたが、何とか91回目を迎えることが出来ました。
これからも、私自身が直接見聞きした事、読んだ本の中で心に残った言葉、
そして最新の情報などを皆様にお伝えさせていただきます。
どうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。

50歳の手習いではありませんが、題名だけは知っているが読んでいない本が
多い事に気づき、”読みやすさ”に惹かれて、致知出版社の
「いつか読んでみたかったシリーズ」を購入しました。

シリーズ第一巻目、福沢諭吉の『学問のすすめ』の帯書には
"学問の要は「活用」の一点に尽きます。
活用なき学問は無学に等しいのです。”
と書かれていました。

平澤興先生(第16代京都大学総長)も
”今日一日の実行こそが、人生のすべてである。
人生は夢と祈りと実行以外にない。”

と述べられています。

『学問のすすめ』を読み進めますと、とても150年も前に書かれた本とは
思えないほど、現代の日本人にもとても示唆に富んだ内容に驚かされました。

本書は初編から17編まで見出しごとに「たとえ話」も含めて論説がとても理解しやすく書かれております。
コロナ禍もあり”自由”とか”権利”だけが一人歩きして”義務”とか”利他の心”が疎かになっている
現代の日本人にとっては”必読の書”ではないかと思います。

解説-福沢諭吉が見抜いた「自由の重さ」 奥野宣之(訳者)の一部をご紹介させていただきます。

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●自分がおかしいと思うものを徹底的に批判する

発足間もない新政府は、征韓論をめぐる内部対立や相次ぐ不平士族の蜂起などで早くも
絶対絶命の危機に。
幕藩体制や身分制度といった旧秩序をぶっ壊してみたものの新しい「独立国家・日本」の姿は
まったく見えない。
『学問のすすめ』はそんな混迷を極める時代に書かれた。
現代人が『学問のすすめ』に触れるときに感じるのは、その販売部数ではなく思想の強さだろう。
それは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という希望に満ちた言葉であり、
文明の発展を成し遂げようとする意欲的な姿勢、
そして、日本の独立のため火の玉になって働いた明治人の魂だ。
筆者も本書に対してそんな偏ったイメージを持っていた。
ところが、実際に作業を始めると、この見方はあまりにも的外れであったと反省させられた。
まず古くさいどころか最近の本よりずっとおもしろかった。
福沢はどんなものでも自分がおかしいと思ったら徹底的に批判する。
旧幕府や武士階級から、頑迷な和漢の学舎、「安定」を求め政府に取り入ることばかり
考えている洋学者、因習にとらわれた農民、町人根性が染みついた都市の大衆に至るまで、
あらゆる方面を筆鋒鋭く斬りつける。
その切れ味の鋭さは、ほれぼれするし、独特の「たとえ話」に代表される表現もユーモラスだ。
しかも、その攻撃は、徹底して相手と同じ高さから繰り出されるもので、
自身の業績や知識を振りかざした「上から」のものではない。
相手の立ち位置まで、わざわざ降りて行って闘うというのは、どこか優しさがある。
読後感も爽やかだ。


※「安定」を求め政府に取り入ることばかり考えている洋学者は
そのまま今のコロナ禍における御用学者やマスコミであり、因習にとらわれた農民、
町人根性が染みついた都市の大衆は、政治家や新聞・テレビの情報を鵜吞みにして、
10歳の子どもでもおかしいと思う事にも
気が付かない人々を連想させますね!





●現代日本の諸問題を先取りしていた福沢諭吉
また、それぞれのテーマの示唆の深さにも驚いた。
現代の日本の問題が、ほとんどここに書かれていると言ってもいいくらいだ。
つまり、本書は「明治時代の立身出世論」ではない。男女同権、消費社会、
社会保障、自由競争、家庭教育、キャリア、自己実現、若年層のニート化、
情報社会の弊害といった現代につながるテーマが、至るところに埋め込まれているのだ。
このように現代人の目から見ても刺激に満ちた本書だか、筆者が最も興味を惹かれたのは、
16編の「心事と働きのバランス」の話しだった。
ここで福沢は、「働きがあるのに志がまったくない人」と「何もできないのに志ばかり
高い人」を対比し、最近、後者が増えているのが気になる、と漏らしている。
近ごろ、街で見かけるのは、もの憂げな、うらみと不平に満ちた顔ばかりだ、と。
筆者は、この部分こそ、福沢がこれから日本人の心に起きる危機を予見していた箇所だと思った。
「働き」に対して「心事」ばかり大きくなった人が増えていく。
「世間に認められたい」「特別な人間になりたい」という思いは空回りするばかりで、
心は荒み、ふさぎ込んでいく。そのうち「時代が悪い」「社会のせいだ」などと言いだして、
人々は生きていることに充実を感じなくなってしまう。
明治維新の結果、身分制度はなくなった。絶対的なリーダーが大衆を導いていくという物語が消えさり、
自由な社会が始まった。人はなろうと思えば何にでもなれる。
しかし、それは一人ひとりが、「自分何者なのか」「自分に何ができるか」という
容赦のない問いに絶えずさらされることでもある。
これは140年を経た現代の日本にも、そっくりそのまま当てはまるだろう。
自由のすばらしさを説いた福沢は、同時に自由が人間にとって重すぎるものであることも
見抜いていた。
自由という不安を人は克服できるのか。
政府のあり方や社会制度だけでなく、働き方、それに心の危機まで。
『学問のすすめ』が現代に課している問題は、あまりにも多い。

いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ①『学問のすすめ』解説より


2022.1.14 91st

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