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「惜福」「分福」「植福」の法則

15.11.16

「惜福」「分福」「植福」の法則 金光教 木津教会誌「和賀心」より


私たちの人生には、どうやら幸運と不運が交互にやってくるようです。
考えてみれば、幸運であるか不運であるかは私たちの心の持ち方次第ですから、
不運である状態が続けば、たいていのことは幸運と思えるものですし、
逆に幸運が長く続くと、普通のことでも不運に思えてきます。
このように幸運と不運は相対的なものですから、交互にやってくるのは
珍しいことではなく、むしろそれは自然の法則なのです。

しかし、興味深いことは、「人間万事塞翁が馬」というように
交互にやってくる幸運と不運とが互いに無関係という訳ではなく、
不運と思っていたことが実は後に幸運につながる要因だったり、
逆に幸運だと思っていたことが不運につながったりと、
幸運と不運がお互いに因果関係にある事がよくあります。

ということは、不運だと思った経験も、それを活かすことが出来れば幸運につながるはず。
逆に幸運であることに慢心していると、それが不運につながるということもあるのです。
慢心して不運にならないようにするためには、「惜福」「分福」「植福」
という心がけが必要となります。

一、惜福

惜福「福を惜しむ」というのは、福を使い果たさないで大切に扱うことを言います。
お金が、時間が有り余っているからと無駄に消費してしまうのは惜福の対極です。
惜福の一例として挙げられるのは、時間を無駄にしないということがあります。
それも隙間時間を有効に活用することが大切です。
僅か十分や十五分という隙間時間こそ無駄にせず有効に使うことです。
惜福を一言で言いますと、「もったいない」という心です。
自分に与えられ恵まれたものを大切に扱い、できるだけ無駄をなくし、
活かしていくという工夫のことです。

二、分福

福を惜しむということは、ややもすると吝嗇、すなわちケチと誤解されがちですが、
幸運をつかむためには運を独り占めしないことが大切です。
これが二番目の法則である「分福」です。
分福とは、自分の得た徳を他人に分け与えること。
いわゆる「おすそわけ」というのが分福にあたるわけです。
惜福はどちらかというと個人の心がけとして重要ですが、分福は人の上に立つ者にとって
とくに重要な心がけです。

三、植福

幸運をつかむためには、「惜福」「分福」の心がけが大切だと申してきましたが、
福を使い切ってしまえばそれでおしまいです。
そこで、より大切な心がけとして「植福」という考え方があります。
植福とは、自分の力、情、智恵でもって世の中に幸福をもたらす物や知識を提供することです。
植福には、遠い将来も含めて社会に対して貢献するという意味のほかに、
植福する人自身にとっての福を植えるという意味があるのです。
いわゆる徳を積むということになります。
植福した結果、自分の福を収穫できると共に、社会の福も収穫できるのです。

◎一粒の種もおろそかにしない

喉の渇いた人に一杯の水を与えるくらいのことは誰でもできるし、
飢えた人に一椀のご飯を振る舞うくらいのことは、どんな貧乏人にでも
できるはずだといいます。
それなのに、そんな小さな行為に何の価値があるだろうかといって
実行しないのは明らかに考え違いです。
一粒の種子が巨木に育つことがあると理解出来れば、些細なことが
必ずしも些細なことで終わらないことを理解できるはずです。


3回に亘って幸運をつかむ「心の法則」を紹介させていただきました。
皆様の人生の指針となりましたら幸いです。